02
「なぜなんだろう? 食べているわけでもないのに。
実際に口に入れたことがあるのだろうか?」
ユーリの独り言にも似たつぶやきを、ジアは拾い上げて真面目に答えた。
幼い頃だろうか? 毛布や服の布地については口に含んだ記憶も無きにしもあらずだ。もそもそと落ちつきのない繊維のかたまりが、よだれでぐったりとして自分にしっくりとなじみ、どこか懐かしい匂いを発するのを幼心に嬉しく思っていたのではないか?
そう考えると、食べられるもの以外に口に含んだものは思いのほか多いようだ、とユーリは暗がりの中で目を泳がせる。
銀のスプーンでアイスクリームをすくう。しゅんかん吸いつくような痛みと脳髄を直撃する冷たさ。木のスプーンでスープを。けばだった表面の舌触りから輪郭を見失いそうになる、優しさから漏れる急激な熱さが舌を焦がす。
「そうだね。他にも陶器、アルミ、プラスチックも、それらは食器でおなじみだ」
ちくちくした合成繊維の熱い刺激は歯ブラシ、ふわりとしていながら水分を含んでいると妙に頑固なコットンのかたまり、最初は冷たく甘くさえあるビー玉。
ジアと交互に、ユーリは味わったものについてとつとつとつなげていく。
待てよ、ビー玉とか?
「絶対に口に入れた覚えがないものも、確かに記憶があるようですよね」
「あるだろう、君にも」
ジアがにやりとしたのが、暗がりの中感じられる。
タイルのつるりとした表面と目地の手ごたえのなさとを順番に舌でねぶったことは?
直角の縁が湿った味を伝えてくる、そして目地の柔らかさに舌を押しこもうとする。
グラウンドの草混じりの土は? 細いひげ根に絡まる水分を余すことなく吸い取り細かい泥の一滴まで味わう。あんがいコクがあっていけるのでは?
錆の浮いた鉄棒のざらついた味。鎧戸のささくれだった木からはげ落ちたペンキの破片。
味の記憶というより、口唇で感じとる感覚はあまりにも生々しく頭の隅にこびりついてしまう。
しかし実際に口にしていない、はずでは?
「いつの間にか、感覚についての記憶が混同してしまうんだ」
ジアの思慮深い声が響く。
「感覚記憶はふつう、二秒もしないうちに記憶から失われる。それでも口の中に感じるものというのは、ふつうは食べることと密接に関係している、つまり、快楽をもたらすことが多いよね。手指や足の裏、体の他の部分で触れたものについても、僕らは必要ならば覚えておこうとするだろう? 僕らは無意識のうちに、どうせならば一番記憶に残りやすい口の中での体験として、それを残しておこうとしているのではないんだろうか」
でも本当にそれを口にしていたのかもしれないね、すでに覚えもないような過去のいつかに。
「君が無事に出て行けて、救援を呼んで来られたら」
「あなたを助けに戻ります、まず最初に」
「約束してくれ」
「もちろんです」
「違う」
ジアは半身を持ち上げる。ようやくといった息づかいで続きを口にした。
「その後だ。君のすべてを味わいたい」