1-6 新ジャンルです、多分
俺はあわてて笑いをひっこめた。
「何ひとりニヤニヤしてんの」ササラの声がまた、冷たくなっている。
「それより、約束」右手をまっすぐこちらに突き出した。
「メモ帳返して」
「ああ」俺はズボンのポケットからあのメモ帳をひっぱり出した。ひったくるようにしてササラはそれを取り戻す。中身を検めることもせず、そのままサブバッグのポケットにしまう。
「……中、みたでしょ」
「見てないョ」スナの声がわずかに裏返ってしまった。
「うそ、見たでしょ」
「見てない」
「見たでしょ」たたみかけるササラ。近づく顔は鬼気迫っている。
「見てない」
「見たな」
「見てない……」
「…………」
「血を吐いた~、なんて見てない」
やっぱり見たんだ~~~~~~~~っっっっ!!! 端正な顔をくちゃくちゃに歪め、ササラは頭を抱えて悶絶してる。
「見たんだ、みたんだ、みたんだ~~~~っっっっっ」動揺しまくり。
そう、メモ帳の中身、見た、どころではない。昨夜しっかり読ませていただきましたよ、お嬢さん。そして、わらーかしてもらいました。
俺は、クスクス笑いが漏れないように顔じゅうの筋肉をぴくぴくと緊張させながら聞く。ここで笑ったら協力してもらえないどころか、みじん切りの上すりつぶされるだろう。
「あ、あれ、ポエムなの?」
そう、綴られていたのはこんな語句。
泣きぬれて アンタそう 血へどを吐いた
ここは地獄の西酒場 アアンアアン
五人殺して 最後のオトコ
背中の後ろに とり憑いたまま アンタ
流れてきたの 心に五寸釘
黙りこんでいるササラ。
俺は勇気をふりしぼり、重ねて聞く。「詩なの? あれは」
「……よ」
頭を抱えて下を向いたまま、ササラが消えそうな声でようやく何か答えた。
「え? 何?」
「オカルト演歌よっ」
「ぅえおっ、オカルト……?」
「オカルト演歌よっっ!」押し殺した声で、しかし今度は強くそう発音した。少し後ろを気にしつつ、彼女は口早にづける。
「そういうジャンルがあるのっ、いいでしょそんなの、個人的趣味だし、アタシだってたまには詩を作ったりすんのよっっ!」
そう、メモ帳には上述の『ポエム』を皮切りに、詩なのか呪詛なのか「鮮血の杯」とか「恨み心髄」とか「咽び泣け背後霊」とかいうことばがずらずらと並んでいたのだ。
「は」俺も思いがけない告白に声が上ずってしまう。
「は、初めて聞いたよそんな……」
「そんなで悪かったわねっ!」
きっ、と俺を睨みつけたササラ、あまりの恥ずかしさにだろうか、顔真っ赤、瞳ウルウルで今にも涙がこぼれ落ちそう。しかし、そんな顔にまたすんげえ……
ズギュンン、撃たれたぁぁ!
「アタシにとっては重要なコトなのよ、誰にも言ってないけど、オカルト演歌なんてジャンル、アンタには解んないかも知れないけど作詞作曲してそれ自分でアップしてゆくゆくは……アタシにとっては今、いっちばん真剣な……」
やばい、泣かれる。でも俺の真っ赤になった顔は見られてねえ、よかった。
俺はありったけの平常心をかき集め、あえて静かに口をはさむ。
「解るよ、いや……解んないけど、大事なことだっていうのは解ったから、もう……」
「いいっ? ぜったいぜったい、ずぇ~~~~っっったい、ハナにも誰にも学校のみんなには」
「言うわけないよ」そうか、コイツにもこんな大切な世界があるんだ。
「ササハラさんがダイジにしてるのは判ったよ、誰にも言わないから安心してよ」
「誓ってよ」大きな濡れた瞳がグリグリと俺のハートを刺し貫く。「誓って」
「うん、誓う」
ハナのよく響く声が遠くから飛んできた。「ササラ~、忘れ物あったの~~?」
「あったよぉ、今、行くから~」
ササラは叫び返し、手のひらと甲とで片目ずつ拭ってからチラリと俺に最後の一瞥を投げかけて、
「……ニッキに連絡取れたら、また結果を電話する」
そう言い残し、後はふり返らずに駈け去っていった。
はああああ、俺は大きくため息をついて、崩れるようにピアノに寄りかかった。
手がまた胸ポケットをさぐってしまい、ちっと舌打ち。駄目だなあ、俺。
しかし本当の勝負はまず、明日だ。
すっかり暗くなってきた窓の外に目をやる。ガラスには、ぎゅっとこぶしを握り締めて、ひとり立つ少年のけなげな姿が、ぽつりと映ってみえていた。
がんばれよ、スナ。