#2 大きな宇宙の樹の下で
宇宙樹というでっかい樹があって、胴周りは果てしもなく太い。俺から見れば単なる黒い樹の壁に見えるだけ。てっぺんに目をやっても、途中から霞がかかって全容など分かるわけがない。
普通なら、やってきた魂はいったんその根から樹に取り込まれてひとつになるんだ。
しかし俺はちょっと『おいたが過ぎた』らしく、樹に吸収されるのはしばしお預けとなった。
だから未だに俺はオレのまま、まあ形は本当は無くなっているんだが、何となく以前の記憶を引きずってオヤジの姿をぼんやりと遺し、白いヘンテコな服で金のジョウロを片手に、その樹の水やり担当なんぞやらされている。暫定措置ってことらしいが。究極のシルバー人材センター要員だね。でもまあ天国のハイポネックスとかになってみんなしてお手手つないで楽しくそびえてるよりは、何だか俺っぽくていいかも知んねえ。他にもオイタの過ぎた連中はけっこうな数で、どいつもこいつも水やり担当はカワリモンばかりだからあんまり居心地は悪くねえ。
ユグドラシル、ユッグドラシッル? 何だか変な名前、いつもそう思いながら、今日も水やりをする。
ユングフラウなら分かる、若いねーちゃん。その方が実際俺向きだね。そう呟いてた時にチョビ髭オヤジが「ユングフラウ? ぜーあぐーと」とにんまり親指を立ててきたんだ、それでちょいとは仲よくなった。
まあ、それはともかく。
しかしさ、この水やり窓際職員、時々オカシナ雑音を拾っちまうことがあってな。
そうついさっきも、急にこんな声が飛び込んできた。
「助けてよ! ヤスケンさん、聴こえてる? お願いっ」
うーわ懐かしい、ハナちゃんの声だ。バックではちょっとキツ目のオカ演ササラの声
「ねえ、聞いてんの、キミ!」、ルモイも騒いでる「委員長、だいじょーぶ? ねえっ!」、ソルティも「うわー」って。面白がってんのか何か。
「タイヘンなのヤスケンさん、委員長が、スナ委員長がっ!!」
俺は金のジョウロを足もとに置いて、大きく背筋を伸ばす。
やれやれ、さっそく事件かよ。忙しねえな世間サマは……辺りをきょろきょろと見回す。
特に誰も気にしてないのがこのお仕事のいい所。
俺はそっと、その壁のような幹に背を向け、さりげなく、さりげなーく遠ざかっていった。最後にダッシュ。
やっぱり俺がいねえと、どうにもなんねえみたいだな。
了




