9- 3 ボクをみるボク
「うん」とボクは返事してササラから離れて(ちょっと惜しかったけど)後ろに居並ぶ父兄の間に入った。
参観には、十二名程の父兄に混じってやはり、リヨさんがすらりと立っていた。
地味な綿シャツに黒いパンツスーツ、でも、やっぱり美しい。周りの父兄がちらちらと気にしてそちらを見ているのが、ボクにもどうもこそばゆかった。
リヨさんの隣にいたスーツのおじさんは、見たことがない。これがササラを見たい、と言っていたヤツなんだろうか。もう一人その陰に隠れるようにいるのは女だ。どこにでもいそうな三十前後のやや細身のオバサン、いやお姉さんと言わないと殴られそうな年代、見かけはフツウだが、そのなぜか燃えるような目はしっかとササラに据えられていた。当のササラは気づいていない。
実習は順調だった。『スナ』は前に出て、てきぱきと指示を出していた。
ササラが助手として一歩前に出た時、後ろの女が首を伸ばした。
「あの子が……」
少し明るい日が射して、その人の顔がよく見えた。
どこかで見たぞ、ええと。何だか意外な人だ。分かんないな、誰だろう。
「まず、逆さに持ってこうやって芯を外します、それから……」
よく通る声で『スナ』が説明している。
そうか、ボク、あんな声なんだな。ボク自身はあんな風には出せないだろう、ヤスケンだからこそあんな堂々とやれるんだ。
「ドレッシングを作ります、まず」
ちらっとリヨさんを見る。リヨさんが表情を変えないままつぶやいていた。
「あれは、ケンさんだ……」どこか、放心したような言い方。
「あの手つき、目とか。あれは、ケンさんだよ」
ボクははっとしてもう一度『スナ』に目をやる。
そうかな、そんなにボクとは動きが違うんだろうか。
スナは楽しげに脇の女子と会話しながら次の作業に移っている。そうだ、よく見ておけ、って言ったよな。ボクは目をこらす。
そんな中、「どうだろう笹原くんは」男の声が耳に入った。リヨさんについてきた二人が会話してる。女性はじっとササラ一人に目をすえたまま、低いけど張りのある声で答えた。
「いいわね。表情がイキイキしてるし、とにかく声がいいわ。地声もいいし。それにあの歌詞よかったわ『心に五寸釘』、特に十三番とか四十九番なんか……」
聞いたことある単語が耳に飛び込み、ボクはようやく気づいた。「このヒト……」
見たはずだ。動画サイトでみた、歌っている姿を。
ササラに勧められて、というか無理やり「観とくように」と課題として与えられた中のひとつで、『愛は骨髄をしゃぶり尽くす』を熱唱していた。
そう、ササラが敬愛して止まないあの桜宮オウラその人だ。
ということは、隣の男性がリンさんと知り合いだという動画サイトの関係者なんだろうか。
この二人、ササラのスカウトに来たんだ、きっと。
でもいつの間に四十九番なんて作詞してたんだろう?
その時までボクは気づかなかった。
授業開始当初から、腕の骨折がようやく治ったセイギの姿が見えないのに。
セイギは九月下旬からようやく学校に姿をみせた、治りがあまりよくないのか、ギプスもまだつけている。以前のような笑いは影をひそめ、どちらかというといつもうつむいて本を読んでいる、というイメージに変わってしまった。ボクと会っても、特に変わった反応がない。
それにしてもおかしいな。
『セイギがいないよ』
ボクが声を出さずにことばを飛ばすとスナの姿のままヤスケンが独り言のように
「さっきトイレって言ってたなー」と答える。
言っているうちにガラガラ、と前の戸が開いた。セイギだった。
何かが変だった。
「おお、宮本」すぐ戸口近くにいたブルーが明るい声で近寄る。
「オマエ四班だからな、手をちゃんと洗ったか」
「……」セイギが下をみたまま何かつぶやく。「どうした?」ブルーが近づいたそのとたん
「うっせーっつってんだろ!」
セイギ、ギプスのままのヒジですぐ近くにあったその頭を斜め上になぎ払う、はうっ、とその姿は見事に飛んで正面ホワイトボードに叩きつけられた、ブルーのズラが宙に舞い、ブルーはまたハゲザキに変わったまま気を失った。
「なんだ!?」「セイギ、なに??」調理室内は一瞬で凍りつく。生徒も父兄も突然の成り行きにただ、あぜんとするのみ。スナがボクにだけ聴こえる声で叫ぶ。
『やばい、中に入られてるぞソイツ!』
「えっ、何に!?」
「よ~やくみつけたぞ~~~」
地の底から響くようなうめき声と共に、セイギが言った。
しかしそれは、セイギの声ではなかった。




