8‐ 2 そんな責任誰がとる??
体育大会は無事終了。どこが勝ったかなんて、もう興味がなかった。とにかく、終わったんだ、無事に。
ところがそこに
「で、結局セリザワさん学校に来てないよねー」
とアヤ。こちらも見ずにその後も投げ捨てるような言い方。
「カネザキ先生と、シマジリ委員長さ、何だか夏休み前にトリヒキ、したんだってぇ?」
ウナギが珍しく顔色を変えた。
それで気づいた。
うわさの出所はセイギとウナギか、でも何だかんだあったせいで、ウナギはすっかり忘れていたらしい。
「ちょっと待てよ」小声でアヤを制している。「それはもういいって……」
「必ずセリザワさんを二学期に登校させます、んでぇ、二人三脚一緒に走りますーって」
「おいおい」カネザキは気弱につぶやいてプラチナブルーのズラを撫でている。
「別に芹沢が出てこないのは嶋尻の責任でも何でもないさ」
「えええ」アヤと仲のいいクロベという女子が同調するように声を上げた。
「でも約束したんですよねーイインチョーは」
「そうだ、責任取ります委員だからさー」
バカにしたような雰囲気というより、どうにも自分では解決できない困りごとなら、ボクに任せてしまいたいという情けない空気が教室中に満ちている。
何だか泣きたくなった。
どうしてみんな、そんなに不可能なことを「できないから誰か頼む」みたいに押しつけ合うんだろう?
カネザキまでボクを見ている、何なんだこの人たちは。どうすればいいんだ? ボクは。
ヤス犬はここにいない、いったい、どうすれば?
「イーンチョー、イーンチョー」誰かがまた手拍子を始め、それに乗っかってひとり、また一人と手拍子が増えていく。ハナ、ササラ、ルモイは顔を真っ赤にして目を尖らせていた。
ササラがついに立ち上がる。
「ちょっとさ!」それと同時に
ボクは、机の上に飛び乗った。顔が熱い、熱すぎる。でも直立不動、手はぴったりと脇につけて、そして腹の中に息をためて……
ボクは静かに言う。頭は高く上げたまま。
「ボクは謝らない」
当然の流れとして頭を下げるだろう、と思った連中が口をあんぐりと開けたまま見守っている。委員会のメンバーですら。
ボクの声、あまり上ずっていませんように。息をもう一度深く吸って、続ける。
「責任をとる、ってそういうことじゃない、って思う。あの……上手く説明できないけど、違うんだ。謝ればいいんでしょ? なんてよく聞くけど」
そう、母さんがよく言っていた、アヤマレバイインデショ? アタシがそうすれば丸くおさまるんでしょ? って。
「違うんだよ、誰かが謝って済むならとっくにこの世は何でも解決してるんじゃないのかな? だからさ」
涙出そう、ダメだ今泣くな。『責任者』なんだろ、ボクは。後ろで支えてくれてる人がいるんだろ? ボクは声を張り上げる。
「本当に大切なのはさ、自分が何かしでかしちゃった後で、それをきっちり思い返して、ええと、ハンセイして、次にどうしたらいいか考えて、ちゃんとどうにかしようって努力することなんじゃないのかな? 上手くいってもいかなくても、あのさ」
息継ぎの瞬間、前のドアがからからと開いた。
何してんだ? みたいなあきれ顔のまま、赤いべっ甲ブチの眼鏡の奥からきょとんとこちらを見上げている。
「あれ」
ソルティが立っていた、ちゃんと制服に身を包んでカバンを持って。
「……お取り込み中、だったですか」
その声にカネザキが焦って立ち上がる。「いやいやいやいやそんな事はない、今ちょうど、セリザワがそろそろ来るかなー、って」
「(ウソツキ!!)」心の叫びが無言の嵐となって吹き荒れる中、ソルティはてけてけと自分の席に、と思ったら入口のところでおもむろにカバンから黒マジックを出した。
そして、教室内の掲示物コーナー、責任取ります委員会の黄緑色のポスターにまっすぐ進んでいくと、
『委員長・嶋尻直 副委員長・花野木杷菜 委員・笹原更紗 高田留萌』の一番お終いに
『芹沢汐里』と力強く書き足した。
くるりとふり向いたソルティは、まっすぐボクを見上げて言う。
「これからよろしく、委員長」
ボクはどうしていいか分かんなくなって、思わず直立不動のまま、
「ありがとーーーございますーーーーーーーーーーっっっ」
深く頭を下げた。
おずおずと起こった拍手はそのうちひとつの大きなとどろきとなった。




