7‐ 3 跳んでロブスター
レストランの敷地はかなり広く、少し気取った雰囲気はあったものの半分は屋外席ということもあり、ボクらはペット同伴、って入り口で言い訳せずに(どうせペットもゾンビも不可だったし)外側の生垣をかいくぐるように、2人の姿を探した。
いた! 端に近い、市街地を見渡せるベストポジション。
ボクらは敷地の外からかなり近くまで寄ることができた。
音をさせないように生垣をくぐってテーブルに近づく。
茶髪を長くして、金のブレスレットをした腕をこれ見よがしにテーブルに乗せた男の背中がすぐ間近に座っていた。
テーブルを挟んだ向う側に、あでやかな笑みを浮かべた美女がゆったりと腰かけている。
ちょうど、シャンパンで乾杯するところだった。
ヤス犬は、低い木の影から少し斜に構えたように男の背を見つめていた。
それからわずかに前ににじり寄り、位置を変えて横顔を確認している。
「何なの?」あまりにじっと見ているので気になって聞くと、
『確かにあの男だ』紫色になった舌をへえへえと出したまま静かに言った。
『あの茶髪と目が合ったし、ブレスレットも覚える』
ヤス犬がずっと考え深げな顔をして黙っていたので
「リベンジ? まさか襲うとかじゃないよね」
心配して聞くと、何故か傍らに来たらしいラブの魂とコソコソ話をしている。
「何なの」と聞いても、こたえてくれない。
少しして話が終了したらしく、ヤス犬がこちらを向いた。
『スナ、手伝え』
おそるおそる近くに寄る。
『基本、こないだとイッショだ。ややスモール・アタック・フォーメーションでいく、いいか、こっちから出ていって、こーゆー向きで(やってみせた)レイラの前に行ってこう言うんだ……でな、』
つまりは少しの間、注意をひきつけろとのこと。何とかできそうだ。
少ししてから、ボーイさんがスープを運んできた。
ちょうど同じ頃あいに、レイラの背後のテーブルでは銀のワゴンが運ばれ、今から「ロブスターの解体ショー」が始まるらしい。
シェフが細みの長いナイフをエビの上で構える。
『今だ、GO!』
犬に命令されてボクは飛びだした。
四歩でレイラの前に立ち、ぜいはあと息をはずませながら
「ねえちゃん! 探したよ!」泣きそうな顔で言う。「ヨシヒコさんが帰ってきた!」
マジ、レイラも前の男もきょとんとしている。「誰、ヨシヒコ?」
「ダンナじゃないか、ねえちゃんの! カズヒコ連れて行かれちゃうよ! 父親だからいいだろう、って!」
向かいの男の目が細くなった。「何だって? レイラ、どーゆーことだよ」
「何それ知らない、何? ヨシヒコって何? カズヒコ?」
「姉ちゃんのコドモじゃん!」
「あんだと?」男の注意が完全にそれた。
と、その時!
「わぁぁぁぁぁっっっっっ」
レイラの背後のテーブルが大パニック。
ぐさりと背中にナイフを刺されたロブスターが、激しく暴れ出したのだ。
ぼくもついそちらに気をとられた、が、すぐにヤス犬の声が飛ぶ。
『エビと入れ替わりにラブに入ってもらっただけだ、大丈夫』
ロブスターはビビるテーブル客やシェフをモノともせず身をぐねぐねとのけぞらせる。
そして、跳んだ……レイラのテーブルまで。
レイラの連れはボクを見ていたせいで完全に不意をつかれたらしく、「!」言葉も出ない。そこにロブスターが
「しゃーーーーーーーーーっっ」
まるで海のイキモノとは思えない喚きを上げながらまた、跳んだ……今度は男の顔に。
「×※▽◆◎~~~~~っっっっっっ」
何語でもないけたたましい叫びとともに男が飛び上がり、背面跳びのまま生垣へとダイブ。
「ショウゴ!!」レイラも慌てて後を追う。
周りの客も男とロブスターが飛び込んだ方に気をとられている。
空いたテーブルに、ひょっこりとヤス犬が現れた。
『なになに……コンソメスープか、タマネギ入ってんだとイヌは食えないかなー』
とぼけた顔して皿をのぞきこむ。と、ようやく付いていた右目がぽたり、とスープの中に。
『あーあ』ヤス犬は笑いながら、また手近な生垣の中に戻る。ボクもあわてて追いかけた。
そこに男が帰ってきた、鼻柱からダラダラと血を流して。
レイラが脇から心配そうに覗いていた。
「ハサミに毒があるかもよ、ちゃんとお医者さんにかかろう」
男はまだ腹を立てたままどさっとテーブル席に座り、何も見ずにスープをずずずず、とすする。
「ん?」ようやく、手が止まった。
「けっこうイケルじゃん、これ」
チクショー、美味いってかぁ誤算だな、ヤス犬の横顔はへえへえと舌を出していた。
ボクは「だけどさ……」いいの? という目を向ける、すると
こんくらいでいいんだよ、
ヤス犬はぽっかりと黒い穴の空いた眼窩を前脚でこすりながら乾いた笑いを浮かべた。
『くだらねえ男が、どうしようもない女に別れを告げる……こんな程度で復讐は十分さね』




