7‐ 1 オトシマエつけます委員会
ようやく霊園での大騒ぎも収束した、翌週のこと。
ルモイはリヨさん‐リンコーチの所に通って相変わらず教えを乞うている。
コーチはゾンザイな割に面倒見はいいらしいので、喜んでルモイの相手をしてくれるって。
ある日、ルモイが近ごろになく暗い目でボクの所にきた。リンコーチによるエクササイズ教室の帰りらしい。でもなんだかキョロキョロしながら
「ヤス犬、いないよね」と気にしてる。
ヤス犬は近頃『ガワ』の消耗が激しくなってきたんだって。だからたいがいは墓地の裏手、誰も来ないような廃材の山の影に隠れてじっとしている事が多い。例年に増して暑いせいだろうな、ってケンさんは言ってたけど。 だったら他のガワに乗り換えればいいんだろうが、何だか気になっていることがあるらしい。
それに、どうも元犬『ラブ』の魂がすっかりケンさんに懐いて離れてくれないらしく
「俺がガワを棄てちまうと元の魂も昇天できるらしいんだけど……何か未練つうか……」
と弱り切っていた。
「ヤス犬がいたらまずい?」
ボクがちょっときつい言い方をするとルモイはあわてた。
「ソユコトじゃなくてさ、実は」
リンコーチの姉さん、レイラが突然訪ねてきたのだそうだ。
「やっとケンさんのアパート整理できたし」レイラはサバサバした言い方だったって。
それから、ぽい、と何かの写真を放り出すようにテーブルに投げ置いた。
「アンタも写ってたから一応、捨ててもかわいそーかな、って思って」
ケンさんとリヨさんのツーショット写真だった。旅先のものだったらしい。
何か言いたげなリヨさんにたたみかけるようにレイラが言った。
「写真はそれ一枚しかなかったから。アタシはまあ、遺品? てほどでもないけど向うの親御さんにも通帳とか返したし、記念の品は貰ったから」脇に抱いている厚い本の題名は
『10万円貯まる本』とルモイには読めたが、あえて黙っていたそうだ。
「それよか、アタシ急ぐから」ふり向いた先に、真っ赤なスポーツカーが止まっていた、運転席の男は若く、何となくイライラしているように肘を窓から突き出して煙草をふかしていた、と。
「つまりさ……」ルモイは、声を落とす。
「ケンさん、あの女の人にいいようにムシられた……ってか」
『その話をもう少し聞かせろ』
急に脇の草陰からうなるような声がしてボクは飛び上がった。
やばい、ヤス犬だ。いつの間にかそこに潜んでいたらしい。ルモイも気がついて、ひっ、と息をのんだ。
ヤス犬はドロドロになった右目をこちらに向ける。
「き、聞こえた?」
言わずもがなのことを問うボク。そこにいつものメンバーが帰ってきた。
ソルティがちらっとヤスケンを見る。
「なんだ来てたの、ヤス犬の分までアイス買ってこなかったよ」
「久しぶりって感じ。なんかますます可愛くなったみたい」
そうにっこりとほほ笑んでササラは彼の元にひざをついた。そしていつものスプレーをしゃっとひと吹き。
いつもならもっと喜んで鼻をフガフガさせるヤス犬だが、立っているのもやっとなのかリアクションなし。
ササラは特に気にする様子もなくテーブルのアイスに戻った。
『そのオンナ、どこに行くって言ってた?』
ヤス犬の低い問いかけ。
え? ボクに聞くの? ああ、そうか他の人には聞こえないもんね。ボクは代わりにルモイに聞く。
「女の人とその男の人、どこに行くとか言ってた?」
「え……、特にどっか行くなんて。あっ」ルモイは宙の一点に目を止める。
「確かさ、少しまとまったお金もできたし、何とかガーデンのディナーに、って」
『今夜か?』「今夜なの?」
「予約入れたって言ってたし、多分」
ヤス犬はその場に座り込む。琥珀色の片目が宙を向いていた。
「どうしたの? ヤスケンは」ハナがモナカアイスを少し折りとって、ヤスケンの鼻先に置いてやりながらボクを見上げる。
「何か気になることあるの?」
ヤスケンはアイスすら口にしようとしない。ボクが重ねて訊くと、ようやくこう言った。
『……済んだことは済んだこと。ただその男、どんなヤツなのか気になってな』
ルモイに聞いてみた。「男の人はどんな感じだった?」
ルモイは褒めた方がいいのかけなした方がいいのか一瞬迷ったらしいが、ごく正直に
「茶髪で、イラついてなければけっこうカッコいい感じかな? ちょっとチャライけどね、ブレスレットとかキラキラさせちゃって、キンピカの」
ヤス犬がぴくりと反応した。しかし、またすぐ頭を前脚の間に埋める。
「どうしたのヤスケン」
女子たちが周りに集まってきた。
次に発したヤスケンのことばに、ボクは凍りつく。
「ねえ何?」ササラの尋問モードに火がつきそう。ボクはでも何と答えていいのか。
「何なの?」
「その男に、ホームから突き落とされた……、って」
今度は皆が凍りついた。




