5‐ 9 体制立て直します委員会
真昼の公園高台にて。
ボクの心配をよそに、女子は四人とも揃っていた。
ボクは居並ぶ彼女らにいったん背を向け
「出てきてよ」
と、茂みの中に潜んでいたヤス犬を呼び出し、紹介する。
みんな、大型犬にまず目をまん丸くして、それからそのどこかチューンナップがイカレた感じの全体像に眉を寄せ、実は死にかけたワンコにおっさんが……と語って聞かせると
「ひぃ」と息のむ音で蝉の大合唱を一瞬抑え込んだ。
「これが……」
ハナノキさんが、一歩後ずさり。
「ずっと、アタシらが話をしてた、ってヒト?」
「うん、まあそう」
「中の人が、ってコトでしょ?」
タカヤマさんはおそるおそる、そう言って一歩近づく。まるで着ぐるみ扱いだな。
「まあ……そうだね」
「しゃべれないの、その犬……みたいなの」
「そうだね。でもボクには聞こえるんだ、声が」
その答えにますます、ハナノキさんもタカヤマさんも硬直した様子だった。
「何となく、臭くない?」
スマホで撮影しながらセリザワさんが少しだけ小鼻にしわを寄せた。ヤス犬はその声に反応したかのようにぷるぷると小刻みに首を横に振った。
ボクは代わって応える。「キレイだよ、一応。今朝も洗ったし」
「でもさ……説明によるとそのワンコ自体はすでに事故って死んでるワケしょ?」
いつも教室の影でひっそりちんまり静かに過ごすセリザワさんが、こんなにしゃべるとは思わなかった。
しかもボクに。ボクだって彼女のこと、ほとんど気にしたことなかったのに。
それにタカヤマさんも、他の二人も。
ヤス犬の説明を聞いていなかったら本当に信じられないような光景だ。
「まあさ、中に他の魂が入ったってコトは肉体じたいもしばらくは頑張れるらしいよ」
「それって、単にコンジョウさえあればどんなゾンビでも頑張れる、って言ってるみたいだね」
それにしてもセリザワさん、容赦ないです。
その時、目を見開いたままだったササハラさんがだっ、とヤス犬の元に駆け寄った。
目が妖しく輝いている。そして、ワンコの前に膝をつくとそっとその頭に手を伸ばした。
「か、わ、いい……」
口がそう動く。な、何ですと!?
後ろの他の女子にはもちろん聴こえていない、でもボクにはハッキリと分かった。
彼女、ヤス犬に一目ぼれだ。
どこが? どこが? どこがだよーーーーーー!?
ボクの動揺に気づくふうもなくササハラさんは少しだけ鼻を動かしたものの、表情も変えずにポーチの中から小瓶を出して、蓋を開けた。
みた事があるぞ、あれ。スプレー式の香水だ。ラベンダーベースのフローラルブーケ。
彼女は、しゃっしゃとヤス犬に向けて香水を吹きつけた。瞬く間にゾンビ犬は、甘い花の香りに包まれた。
「それさ……」ボクのつぶやきにササハラさんが向き直った。
「そうだよ」
ボクがあげたものだ。
ゴールデンウィークに、久しぶりに、というか珍しくボクの一家は家族旅行をした。北海道は富良野方面。その時に、ハーブ製品を売っている店で何となく、ササハラさんにと香水を買った。学校でどうして彼女に渡せたのか、今でも自分の大胆さを思い出すと顔が熱くなる。確か、同じ係だからさ、お土産に、なんて渡した覚えが。
ササハラさん、受け取った時には
「ふん。でも当番は代わってやんないからね」
って感じだったのに、使ってくれたんだ。まあ、死臭を消すためとは言っても。
「まあ、この香り好きだし」
ササハラさんは少し照れているんだろうか?
急に頭の中にヤス犬の声がした。
『そうそう、ササラの香りだこれ、好きなんだよな、ふがふが』
「よろしくね、えっと、ヤス犬くん」
ササラは目いっぱいの甘い笑みを浮かべてワンコの頭を抱いた。
「ぎゅってやっても痛くない?」
『痛くないです、そう言ってくれ、この娘に。もっとぎゅっとやってくれ、って』
「……ちょっとキツイからあまり触らないで、って言ってる」ササハラさんはしぶしぶ離れた。
『スナ、お前を末代まで呪ってやるぞ』
ヤス犬のドスのきいた脅しを無視しながら、ボクはみんなに改めて頼んだ。
「お願いがあります、みんなに」
四人は急に真剣な顔になった。
「あの……ボクにはホントに、何もいい考えが浮かばないんだ。それはどうしようもない。ヨワっちいし、頭も働かないし。しかも、ジサツしようとした。サイテイのサイアクだよ」
「でも助かった、そこはダイジだよ」
多分、自分も同じような気持ちになったことがあるんだろう、タカヤマさんがつぶやくように言った。
他の三人も否定しない。ボクは勇気を出して続ける。
「そう、それにこのヤスケンさんが、ボクの留守中にすごく頑張ってくれたんだし、せっかくだからボク本人だって変わりたいんだ。だからお願いです。
ボクに力を貸してくれませんか?」
「セイギたちを、こてんぱんにやっつけてやるってこと?」
鼻息荒く、タカヤマさん。
「アタシみたいに、リンコーチについて特訓する? それともそのヤス犬くんに鍛えてもらうの?」
ボクは、ヤス犬を見た。彼もボクを見ている。何も言わなかった。
でもボクは答えた。
「ううん。腕力とか戦闘能力を上げるのは無理だ。殴り合いの場に入るなんてボクは絶対ムリだから」
タカヤマさんはまた、呆れたような顔になる。でもボクは続けて言った。
「それに……暴力に暴力で返しても、結局恨みしか残らないと思うんだ。だからもっと違う方法を考えたい、それはまだ思いつかないけど、えっと、そのさ……」
「罠をかけよう、」急にセリザワさんが言った。どこか楽しそうだ。
「お灸はちゃんとすえてやらなきゃ」
「オキュウ?」
「うちの店もアイツラに入り込まれた時、父ちゃんは『お客さんだから仕方ない』って言ってたけど完全、嫌がらせみたいなもんだったし。アタシ個人を攻撃するならともかく、周りにまで迷惑かけるなんてサイテー」
いつになく真剣な感じのセリザワさん。
「とにかく悪いことは悪いって分らせてやりたいね」
タカヤマさんはまだこぶしを手のひらに叩きつけている。
「暴力に訴えないのは賛成」ハナノキさんがそう言って、ササハラさんを見た。
ササハラさんが軽く言う。やっぱり何だか楽しそうに。
「ちょっといいコト思いついた」
「なんでしょう」
「委員長、きっとまたヤツラに呼び出されるよね」
遠足に招かれたんだよね、みたいにニコニコしてる。他人がメタメタに破滅させられるのがそんなに楽しいんだろうか。
「その時間と場所を、こっちから指定してやんのよ、でね……」
ヤス犬も、にやりと牙をみせた。『ええどねーちゃん、ふがふが』
帰りがけに、
「一つだけお願い、」
ササハラさんと何やら軽く相談していたハナノキさんは、急にこっちを向いて、いつもの彼女に似合わない静かな声で言った。
「委員長、イインチョーなんだからこれからアタシたちのこと、マルマルさん、じゃなくてニックネームで呼んでくれないかな?
ササラ、ソルティ、ルモイ、ハナ、って」
「……はい」
「委員長頼んだからね」ササハ、いやササラはまたぎろりとボクをみる。
でも、ボクだけ『イインチョウ』って……なんだかなあ。そう言いかけるとまたササラはギロッとこちらをみた。セリ……ソルティが歌うように言った。
「一回間違えたら五十円徴収ねー」
「はい、りょうかいです」
と小さな声でこたえると、ようやく彼女たちはがやがやと去っていった。




