5‐ 4 少年、空白を埋める
セリザワさんが黙ってうなずく。ハナノキさんは呆然としたようにつぶやく。
「責任とれねー、って叫んで走ってった、というのは聞いたけど、まさかジサツしようとしてたなんて」
まさか、とブツブツつぶやいている。
「だって、いくらキョーミない男子でも(けっこう傷つく)、まさか知り合いが目の前に落ちてきたらドウヨウするっしょ?」
動揺したようもなく、セリザワさんが答えた。
その時、ササハラさんが
「それであの時……ハナったらあんなこと言ったの?」
思い出したように目を見開いた。「給食の、レタスの騒ぎの時」
「だって、」ハナノキさんは困ったように口を尖らせる。
「ソルティがあの時……スナ君が机に飛び乗った時にさ、アタシの方をずっと『助けてー』って目で見てたから」
ボクが机に飛び乗った? レタスって何?
「ソルティに何か借りがあったの?」
ササハラさんの問いに、ハナノキさんが渋々うなずく。
「まあね、22HRのスギモトくんのベストショット譲ってもらって」
「それじゃ、しょーがないよね」
はああ、とそろってため息をつく女子、なぜかセリザワさんまで。
「飛び降りた、のは覚えてないの」
ハナノキさんがかすかに眉を寄せたままボクに訊く。
「落ちてからは……ぜんぜん」
「委員会とかも?」ボクは首をふる。
「じゃあ、」ササハラさんも難しい顔になった。
「あたしたちが何でここに集まってるか、も記憶にない?」
「ぜんぜん。君っちどーゆーカンケイなの」
ササハラさんらは、恐ろしげに顔を見合わせる。セリザワさんだけは窓の外をみていた。
「雨、強くなっちゃった」今気づいたけどセリザワさんの頭も濡れていた。
「すぐには帰れないね、ところでさ」
セリザワさん、眼鏡の縁を軽く押し上げてからボクの方をまっすぐ向き直って、こう訊ねた。
「ヤスカワ・ケンイチロウってだれ?」
はああ? その場のボクももちろん、他の女子もワケが分らずぽかんとしている。
「それは俺が答える」
リビングにリヨさんが入ってきた。すでに髪は半分かた乾いていたが、目は濡れていた。
「あの……姉さんは」
「帰ったよ、バカな女だから暴風雨が大好きなんだ」
「コーチ」タカヤマさんが立ち上がった。
「何なんですか? 委員長どうしちゃったんでしょうか」
リヨさんは、皆の前に歩み寄り、ソファの間の床にそのまま座ってあぐらをかいた。
「キミ、シマジリくんもそこにお座り」すぐ脇の床を指す。ボクも同じように座り込んだ。
ササハラさんは目にミョウな力を入れてボクをいったん見つめたが、すぐにタカヤマさんのとなり、空いている場所に座った。
リヨさんは、咳払いをひとつ。そして……
とうてい、信じられない話をしてくれた、僕が崖から飛び降りてから今までのいきさつを。
それは外の嵐よりももっとキョーレツだった。




