5‐ 3 なぜか少女たちに囲まれ
腰を押さえながらようやく、リビングらしき場所にたどり着くと
「よかった、歩けるじゃん」
ソファの後ろに寄りかかるように立っていたササハラさんがぱっとこちらをみた。
何かすごく親しげな言い方。何か落ちつかない、目が泳いでしまう。
ササハラさんの前のソファに座ってたハナノキさんがそんな様子をみたのか、立ち上がってボクの方に来た。
「ねえ……委員長、ホントに何も覚えてないの」
「……委員長、って何?」
そこに集まっていた、セリザワさんを除く三人は、困ったように顔を見合わせた。
「ねえ、ホントに覚えがない?」見知らぬジョシが向かいのソファから見上げてくる。
「はあ」どこかで見たような、見ないような。「……ごめん、誰?」
「ルモイだよ」
「ふーん、」何となくそう返してから少しして、ひゃっと気づいた。
「る、る、タカヤマさんっ!?」
「そこすら覚えがないの?」
タカヤマさん、ってこんなにハキハキしてたっけ?
っていうか、本当にあのタカヤマ・ルモイなんだろうか? あのコブショ女の。
「中長期にわたる記憶喪失のようだ」スマホの画面をみたまま、一番端に座ってたセリザワさんがぽつりとつぶやくように言った。「ほら」わざわざ、似たような症例を検索してくれていたらしい。皆に回してみせている。学校では目立たないオタクなチビッ娘、そこも覚えてた。
「どこから覚えてるの? じゃあ」
「シマジリ家の長男だってことは?」
「進化してニンゲンになったってのは?」
「あのさあ、元々アミノ酸が」
ちょっと待ってくれよーーーーーーーーっ!
取り囲まれて頬がカッカしながらもようやく手を振りまわして皆を止めた。
「待ってよ!」指揮者みたい、みんなシンとする。
「あのさ……」
少しずつ思い出す。
夜中に家を飛び出した。書き置きはあえて、残さなかった。ただ単に気持ちの整理をしたかっただけ。本当に飛び降りようと思ったわけじゃない。いや、思ったかも。実際に柵を乗り越えた所はなんとなく覚えている。あ、できるんだこんなにカンタンに、そう感じたんだから。でも、
じっと彼女たちはこちらをみている、セリザワさんでさえも。
ジョシたちには言えない。死のうとしたなんて。崖から
「崖から飛び降りたんでしょ?」
セリザワさんがよく通る声で言った。誰かが息を呑んだ。
即座に否定しようとしたけど、胃がすとん、と落ちたようなショックで口がきけず、ボクはそのまま凍りつく。
「ランガクジ公園の上の崖から。見たんだアタシ。ちょうど」
夜中のことだった、とセリザワさんは淡々と話している。
ネットでむしゃくしゃして、つい夜中のコンビニに季節限定の梅サイダーを買いに行った、風にあたりたくて少し遠回りして、公園の近くを通りかかった、暗がりの中、白いシャツのかたまりが視界の上の方から舞ってきた。洗濯物? やや重い感じで弧を描いて藪の中に消えた、がつ、というのかざざん、というのか連続して崖の少し上から沢の近くまで音が続いた。
やだ、何が落ちたんだろう? ヒトじゃないよね。そう思いながらもおそるおそる沢にかかる小さな橋から下をのぞくと、なんと草むらをかきわけてよろよろと上がってきたのは……
「シマジリ、くん??」
何と同じクラスの男子。目立たない、ぱっとしたところのないチビっ子、自分と同じような感じでやっぱり何人かに虐められている、ウジウジしていて見ていてイラつく、その彼が、飛び降り?
でも確かに、生きていた。両腕で頭を抱えるようにして、首を振りながら小声で、しかし激しい口調で毒づいている。
「チキショー、チキショー! 誰が、責任なんて、とるかーーーっ!!」
何と声をかけていいものやら、その鬼気迫る表情とワケの分からない叫びが妙にこわくて脚が動かない。物陰から見守るうちに、その姿はどこかの暗闇に消えていった……
「何か、のりうつったみたいで」淡々とそこまで語るセリザワさんの方がなんか怖い。
「それって」ハナノキさんがセリザワさんの方を険しい顔でみる。
「ソルティ、夜中にスナくんに会ったって言ってたの、トビオリのことだったの?」




