5- 2 姉妹の会話は終いまで聞けません
目の前の表情が、さあっと陰りをおびる。伏せたまつ毛が何でだろう、震えてる?
「戻っちまったんだ」
ひき締めたような下唇が薄い桜色でとても美しい。ボクはさっきから何を見ているんだろう。この顔ばかり気になってしまう。美しい。それに、なぜだかとっても懐かしい。
隣で姉さんと呼ばれた女性は、逆にボクの顔をじっと見つめていた。この顔も何だか懐かしい。そりゃ、似ている人どうしだからどちらにも同じ気持ちをもっていいんだろうけど、何だか全然違うんだ、色あい、っていうのかな?
リヨさんは、さっきから白いふわふわのタオルを取り上げて濡れた頭を拭いていた。でも、他にとても気になることがあるようで同じ所ばかり拭いている。
「確かに、いたんだ……あの人が」
そしてまたボクの方をうらめしそうな目でみる。
下唇を少しだけ突き出して、オトナの人なのに妙に可愛らしい感じ。何だか顔が熱くなってきた。
「アンタ、あんまりにも悲しすぎてあた、ここが」姉さんが人差指で自分の頭を指す。
「ちょっと、何か飛んじゃったんじゃないの?」
傷ついたようにリヨさんが姉さんの方をみる。
この二人、何となく声も似ている。リヨさんとこの姉さん、この人たちはほんとうの姉妹なんだろう。
頭に冷やしタオルを乗せているのにようやく気づいて、ボクは片手でそれを押さえたまま起き上がり、ぼんやりしたままこの人たちの会話を聞いている。
「でも姉さん、姉さんは悲しくないのか? ケンさんが死んじゃって」
「そりゃ、そりゃ悲しいよ、ケンさん死んじゃったんだし、もう会えないんだし」
そう言う割に、姉さんという人の目はあんがい乾いている。その言い方にも何かひっかかったみたいで、リヨさんという人はタオルを動かしていた手を止めた。
「姉さんは、ホンキで悲しくなかったのか? 婚約者だろ? 秋には結婚するつもりだったんだろ?」
「そりゃあね」姉さんの返事は、何だか煮え切らないといった感じだった。
「でもさ、もう死んだ人は戻らないんだよ、リヨちゃん。アンタだってケンさんのこと好きだったんでしょうけど」
その言葉でリヨさんはがばっと顔をあげた。目がこわい。
「どうゆう意味だよ、それ」
「意味ないよ、別に。だって一緒に遊びに行ったりしたし、あの人ひとりでアンタの店にも行ったんでしょ」
「だからどういう意味だよ」
「だから義妹としてさ……」
急に姉さんが口をつぐんだ。「アンタ、もしかして。本気で彼のこと」
「そうだよ」切れたようにリヨさんが声をはり上げる。
「姉さんが好きだっていうよりもっともっと好きだった、姉さん、そっちはどういうつもりか知らなかったけど、俺は本当に愛してたよ、ずっと一緒にいたいって思ってた、でも」
「でも何」姉さんの言い方が急に意地悪になった。
「でも、アタシの婚約者だよね一応。まあ、こっちはそれほど真剣でなかったにせよ、そろそろ身を固めてもいいかな、って思ってたのもあるし、まあともかく」
間に挟まれたボクはどうしていいか分からず、とにかく身を縮めて成り行きを見守っていた。何だか全然関係ないって気もしながら、ものすごーくカンケイあるような。
「リヨ、アンタみたいなオトコだかオンナだか分かんないようなはみ出し者には、ちょうど御似合いだったかもよあの人」
リヨさんが息をのんだ。姉さんは容赦なく続ける。
「バツ一だったし、調子いい割に出世はしないし案外要領悪い、女の子に優しいのは下心ばっかりだし。今思うとどうしてあんなヤツと」
「やめろ!」
リヨさんの悲鳴のような叫び声。
しんとなった部屋に、笑いを含んだ姉さんの声がとどめとなって響く。
「リヨ、あの人と……もしかして寝」
かあっと頬が熱くなる。ボクはあわてて大人の会話をさえぎった。
「すみませんあのですね」
頬を赤く染めた二人がこちらをふり向く。
「えっと」立ち上がろうとしてジャージの裾にひっかかってよろめく。気がついたら見た事ない服を着ていた。上は白いTシャツで下が黒のジャージ、ふわりといい匂い。
「あの、ボク、外に出ていていいですか? あの……お話が終わるまで」
さっきいたの、ほとんどがうちのクラスの女子だったし、とにかくあの人たちが何か知っていそうだ。
リヨさんが姉さんの方を向いたまま、低い声で言う。
「リビングで待ってて」
ボクはあわてた感じがしないように、それと痛む体をかばいながらできるだけゆっくり立ち上がる。
そしてもつれる足をどうにか動かして、固い顔で向き合っている二人の間からそっと、部屋の外に抜けだした。




