5‐ 1 ここはどこ、わたしはたわし
ボクは目が覚めた。
うっすらと暗い光景のまん中に、ぽっかりと浮かぶ白い光。そして、優しげな笑顔。
ボクはそっと口を開く。
「……」
誰の名を呼ぼうとしていたか、一瞬のうちに記憶は光の中にすり抜けていく。
「気がついたか?」
とても遠くから聴こえる、優しいささやき声。どこかで聞いた声。
そっと覗きこんだのは、美しい女性の心配そうな顔だった。
短い髪は濡れているらしく、時々乱れた毛先からしずくが落ちている。
その脇に、ちょうど同じような顔。心配そうにはしているが、何だか不思議そうに、こちらと脇の女の人を見比べている。髪は少し長めのソバージュ。ショートカットの女の人とそっくりで目鼻もはっきりしてとても綺麗な人だけど、少しだけ年が多いみたいだし、何となく、そわそわした感じがする。
「気がついたよ」
ショートのヒトがふり返って声をかけると、
「わあ」よかった、とざわめきが耳に入って、その後からいくつも顔がのぞいた。
「委員長、気がついた?」イインチョウ? 何のことだろう。
「頭打ったんじゃない」端っこでキツイ物言いの……ササハラさんがここに!
ボクはどきっとして起き上がる。憧れの女子が、どうして至近距離に?
「っつぅ……」
ひどい痛みに急に気づいた。どこが、ってんじゃなく体全部が焼けるように。女の人が
「まだ起きるな、寝てろ」
口調は荒っぽかったけど優しい腕でボクを押しとどめ、またベッドに寝かせてくれた。
ボクはまたゆっくりと目をさまよわせる。
ショートのヒトの左脇にいたのは、同じクラスのハナノキさん。この人ともそんなに話をしたことなかったけど、ボクをしげしげと眺めている。
「死ななくてよかった、委員長」
えっ、何だかすごく心配していただいてます。なんだろう、気味が悪い。
「ねえ、頭痛いとかない? それにしても」
ショートの彼女の右脇では、見たことない女の子がむっとしたように腕を組む。同じようにショートヘアがカッコイイ、ちょっとガンジョウな感じの女子。
「アイツら、そこまでやるとはね。どうしてやろうか」
何かメチャクチャ怒っているらしい。アイツら、って?
「証拠さえ残っていればね……でもタダじゃおかない」
こんな子クラスにいなかったし、見覚えがない。アナタは誰?
「証拠はあるよ」
後ろで可愛らしい声がする。ボクはようやく顔を向けた。
「お店でこのヒトが『スマホに撮って』って言ってる間にちょっと細工した。それにアイツらの後をつけてって、ケンカしてるのも音だけは撮ったし」
ショートの女性が支えてくれてボクは後ろの子にも目をやった。驚いた、セリザワさんだ。
「あの……」ボクが口を開くと、みんなの目がこちらをみた。
「あのさ」何て言えばいいんだろう? 「あの、ボク……」
ゆっくりと、ショートの女性が訊く。「記憶がない?」
ボクは考えながらうなずいた。
「委員長、なぐられたんだよ、気を失ってたの」
ハナノキさんが言い聞かせるようにボクに言った。
「自分の名前も、覚えてない?」
「えと……シマジリ・スナオ」
「だいじょうぶじゃない」
ササハラさんが笑い出し、他の女子も安心したように笑顔になった。ただ、ショートカットの人はなぜか、固い表情になった。髪の少し長い人は相変わらずワケが分からない、という顔をしたまま。
「あのさ」ショートの人が言った。
「ちょっと女子たち、リビングで待っててくんないか? すぐ済むから」
ササハラさん、ハナノキさん、セリザワさん、知らない大きいジョシが特に文句も言わずどこかに出て行った。
ぱたん、とドアの閉まる音がしてしばらくしてから、しん、と静まり返った部屋の中で髪の長い人がおずおずとこう言った。
「リヨちゃん、この子が……?」
「待ってよ、姉さん」
リヨ、と呼ばれたショートの人が脇の人を押さえるように片手を上げた。
「何か、違う」
それからボクの目をじっと見据えた。
ドキッとするような深い色だ。
「アンタ……本当の名前は、何?」
質問の意味が分らないまま、ボクは上の空で答える。
「シマジリ、ですけど」




