4‐ 8 廃墟での二度目の死
俺は死んだ。
まわりから殴られ蹴られ、踏みつけられてど突かれて。
「顔はやめとけ、目立ち過ぎてもヤバイかんな」
ぼやけた景色の向うからそんな歪んだ声が聴こえる。
歪んでいるのは声だけではない。黒い鉄枠で縁取られた、廃墟となった工場、上から横から降り込む雨の軌跡、のしかかってくる暗い影、痛みすら歪んで鈍くなって。
言いかえしてやったのにさ。ようやく。
俺は言った。取り囲まれながら。
「たった一人のチビにお前ら何人かかってんだよ。オンナ相手にも寄ってたかって。腰ぬけども。ひとりじゃあ何にもできないクセにぃ……」
よおっ! と叫んだ瞬間に手近な角材をさっと拾いあげ、太刀のごとく上段に構える、と同時に景色は白く変わる。一瞬立ち上がる熱せられたコンクリートの匂い、そして、滝のような雨。
嵐のど真ん中で、俺たちは対峙していた。
しかし状況がよかったのは始めのうちだけ。そうだよな、なんせ基礎ができてねえ、このチビッ子は。相手も似たようなもんだけど。
「だあっ!」振りおろした角材をセイギがひらりとかわす。そのスキにウナギとチンタオが同じような角材を拾い上げた。間髪いれず打ちかかってくるチンタオ、こいつ『ジョー』に似てるのは髪型だけじゃねえ、身のこなしも三人の中ではそれでもずいぶんデキてる。角材の端がひゅん、とスナのこめかみをかすった。それを何とか避けて「しゃああっ」すぐ脇に迫ったウナギの足を打とうと角材で真横に薙ぎ払う。ばしっ、とすねには当たったらしく、ぎゃあとウナギの口が形を作ったがその声も豪雨にかき消された。
姿すら霞む世界の中、俺は更に構えなおしてウナギの姿を追った、左にぶんぶんと腕を振りまわしているセイギの影、そちらも一緒に目の中に収めた、だが急に背後から、
「このチビぃぃぃっ」激しい衝撃。右肩から背中にかけて電撃をくらったようなショックで俺はのけぞった。「やったぞ!」チンタオの吼え声と同時に稲妻が走る。武器を取り落とし、よろめいて後ろをようやくふり返る、そこに迫るウナギが「さっきの御礼だぁ」角材で低く薙いできた、片手をつこうとしていた左腕をしこたま打たれ、俺はたまらずその場に倒れる。また稲妻がひらめき、チンタオのシルエットが角材を振りあげたまま俺の視界に焼きついた、がずっ、今度は正面から思い切り殴られた。
雨は急に小降りに変わり、俺はまだらに濡れる廃墟の敷地内に仰向けに転がされた。
「好きだなあ、威勢のいいのもさ」ずぐん、ずぐん、と脈打つ赤黒い闇に縁取られた中でクックッと楽しそうに笑いながらセイギがのぞいていた。
「反抗されると、よけいヤリガイがあるよな」
「殺せよ」
最後にそう言ったのは、多分俺。
痛い、寒い、気持ち悪い、でももうどうでもいい。こんなにがんばっても結局ものごとは思うように進まなかったんだ。それに当の『本人』は、すっかりどっかに行っちまってんだし。
俺はもう、降りてもいいだろ?
そう心の中でつぶやいて、固く目をつぶった。




