3- 6 真夜中の池のほとりにて
夜中になって、リンにメールを入れる。
「本当に感謝している。ルモイとパートナーのセンセイは特別賞取れた」
ほとんど速攻で返事がきた。
「電話下さい」
俺はそっと部屋の外を確認に行く。階下ではすでに両親とも眠っているようだった。しん、と暗く静まり返っている。
散々迷った末に、俺はこう返信した。
「タマを放した場所で会いたい、いつならいい?」
「今から」チャット並みの早さでこう返ってきた。俺は大きくため息をついて、ひっそりと支度を始めた。
チャリで30分はかかるその池のほとりまで、俺はとにかくがむしゃらに漕いでいった。
今、会っておかないと、そんな焦りがペダルを踏む足を更に急がせる。
彼女はすでに一人、目立たない木陰のベンチに座っていた。
服装も黒っぽいので、場所を指定していなかったらすぐには気づかなかっただろう。
「お待たせ」
俺はチャリから跳び降りて弾みでそこまで走っていった。哀しいかな、ちょっとばかり俺にはサドルが高過ぎるから。
「あのさ」彼女にしゃべられるのが怖い。ルモイから聞いてしまったことも心にまだ刺さっているし。
「ほんと、ありがとうご……ありがとう、あの、ルモイはすごく良かった、自信もついたみたいだし、そんで」
「ケンさんは、元気でやってんの」
急にそう言われ、俺はつい「ああ」答えてから、やっぱり声が高いのがとても気になっちまって顔を赤らめる。
「ケンさん、つうか、スナ、つうか……」そう、彼女と直接話したかった理由、それはたった一つ。
「あのさ、そのケンさんの、カラダ、について聞きたいんだけど」俺は何度も咳払いをする。
「なんでか分かんないんだけど、小僧さんの体に入っちまったみたいで、あの、あのね。いやあのさ」
リンは黙ったまま、こちらをじっと見つめている。俺はますます赤くなった。
「そろそろヤバいかな、って。その、この子の両親も心配してるだろうし。ボロも出かかってるし、いつまでもこんな生活はしてられないだろうし、あのさ」
「どうしたいの?」立ち上がって静かにリンが聞く。
「どうしたいの、ってもちろん」俺は彼女を見上げる。
「ボク……俺は自分の体に帰る、そんでこの小僧さんの魂も見つけてやって、元の体に返してやってさ」
「ケンさん」街灯の影になって、ちょうどリンの表情が読めなくなった。しかし、声はいつになく静けさに満ちていた。「それは無理だと思う」
「なぜ」どこの病院にいるんだ、俺? 確かに列車に撥ねられた、そこは何となく納得している、だから死んだのかも、と思ってたけど、実際こうして意識も残ってんだから、肉体もどっかに在るはずだろ? でなきゃ、『俺』が居るわけがない。
リンは片手で俺の肩を抱いた。そして顔を近づける。
「ケンさん、死んじゃったんだよ」
言い聞かせるようなその口調は、いつになく優しかった。
「斎場で最後のお別れもした、オレたち」
「え」俺は固まっている。
「腕が取れてた」
「ナンデスト」
「目もね、片方どっか行っちゃったって」
「がびーん」
「つうか、顔半分」
「もういいです、いいです」そんなモノをみせるな俺の遺族。
しかし、近づいた顔で気がついた。
リン……理世の頬には、涙が伝っていた。
「会いたかったんだ、ホントに」
ぎゅむーーっと、テディベアみたいに抱きすくめられて息が半分止まったまま、オレは遠のきそうになる意識の片隅に思う。
スナ、俺は帰れないんだ、もう。
だけど、オマエは帰って来られる。俺がこの身を預かってるからな。
本当に……オマエはどこに行っちまったんだろう?
ああ、理世の胸が柔らかい。俺の小さな心臓は張り裂けんばかりに熱いビートを刻んでいる。いかん、いかんぞスナ。オマエにはまだ早い。彼女の声がくぐもったまま聞こえた。
「あの時、どんなに泣いたか……オレも怜羅も」
そうか……リヨも、レイラも。
ん? 今さりげなくなんだか新名所、いや、新しいオナマエが?
「レ、レイラ、って誰ですか?」
思わずまた敬語に戻っている俺。
理世はゆっくりと体を放した。そして、投げつけてきたのは
失くした記憶の一片。
「オレの姉さん……ケンさん、婚約者の名前も、忘れたのか?」
呆然としたまま帰った俺。その晩、また夢にササラが登場した。
今度の彼女は、燃えているような和装だった。襟が黒く、裾にはメラメラとオレンジ色の炎が立ち上がり、暗い情念に満ちた歌に合わせ、イキモノのように揺らめいている。
そしてネックレスのパーツは更に増えていた。俺の目玉とか腕とか。




