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○○だったら……責任とります委員会!  作者: 柿ノ木コジロー
第3章 その男、往生際が悪いから! 
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3- 5 燃えろよ燃えろ、その恨み

 日が少し傾いた頃、グラウンドに巨大なかがり火がたかれた。これも毎年恒例のことらしい。

 クラス対抗のこのイベントで作られたほとんどすべての大道具小道具は、この場で焼き棄てられる。


 かがり火の中、制服に着替えていたルモイの頬も赤く染まっていた。

 照り返る炎のせいばかりではあるまい。彼女は今回、確かに何かを勝ち取ったんだ。

「あのさ」俺がそっと、声をかけると彼女が目だけでふり返った。

「おめでとう」

「ありがとう」

 ルモイは、当初の彼女を彷彿とさせるようなぶっきらぼうな口調に戻っていた。それでも、炎に浮かぶその表情には、何かしら気高さまで感じられた。

 彼女は等身大の写真パネルを惜しげもなく炎の中に投げ込んだ。醜いとも言えるプツプツしたあぶくが写真の表面を覆っていった、そして、煮融けるような黒い流れがその顔の上を伝い、何本もの線がかつての姿を覆い隠し、最後にはぼお、と大きな炎を上げて赤い光に包まれていった。


「あのさ」聞いてみたかった、これだけは。

「何で乗り気になったの? コーチに会った日にさ、すぐ話に乗ったんだろ? 僕たちがいた時にはあんまり聞いてなかったみたいだったのに」

 ルモイはしばらく何も答えず、パネルが火に包まれる様子をうっとりと見守っていた。

 それから、炎をみつめたままの姿でまずこう訊いてきた。

「最初、あのひと、何て言ったかわかる?」

「ううん」

「アンタは、醜い、って」うっすらと笑う横顔は、まさにリンに瓜二つだった。

「醜いアヒルの子だね、って」

「そうなの」それ以上、何と言っていいのか迷って俺も炎を見つめた。

 しばしの間があって、誰かがひゃぁっほおぉっと叫び笑い声が上がった時、また彼女が口を開いた。

「オレもそうだった、って言ったの。あの人」


 俺も昔聞いたことがあった、ほんの少しだったけど。

 自信がなかった、中学の時は自分が誰なのか分からなかった、何なのかも、と。


「中学時代は、オマエさんより太ってて、オマエさんより汚かった、頭の毛はボサボサ、フケだらけ、制服もヨレヨレ、顔だけじゃなくてどこもかしこも脂ぎってて……」

 誰からも認められていなかった、シカトもされた、虐めも受けた、空気より悪い存在だった。

「あだ名は、『毒ガス』だったしな」リンは爽やかに笑ったのだそうだ。

「彼女、中三の時にひどいイジメが元で学校に行けなくなったんだって」

 数人の男女混合グループに突然呼び出され、夜中の公園で『制裁』を受けたのだそうだ。

「……詳しくは話してくれなかったけど」


 アロワナの晩、彼女が初めて俺の腕に抱かれた時のことを思い出した。

 そう、理世は震えてたんだ、ずっと。

「何が怖い」俺がそう聞いた時、彼女はガチガチ鳴る歯の隙間からようやくこれだけ言った。

「優しいのが」


 高校は受験できず、ずっと家に引きこもっていたのだそうだ。

 うるさい家族にせっつかれて手近な高校にすべり込んだのはいいが、今度は暴走族の仲間に入った。

 しばらくはそこが拠り所だった。しかし、やはりずっと違和感につきまとわれていた。

 ようやくそんな状況を変えたのは

「……何だったんだろう」

 俺もそこまで聞いたことはなかった、素直にそうつぶやく。

 そこで、ルモイはしっかりこちらに向き直った。

「彼女を変えたのは、自分自身だったんだって」

「えっ」

『けじめをつけるために』制裁を受けてまでどうにか暴走族から足を洗ったはいいが、やはり居場所は見つからない。一人きりになるとまた、己の醜さが目の前に立ちふさがった。

 死にたい……いなくなりたい。

 何度もリストカットを繰り返した。全ての人間を恨んで醜い自分をも憎んで、本気で消えようとした。

 でも、できなかった。

「手が滑って大きく切っちゃった時にね、手首を」ルモイは自分の手首をかざす。

「真っ赤な血が、びっくりするほどたくさん流れて、それを見た時急に感じたんだって」

 美しい、ってね。

 自分の中に流れる血の赤は、こんなにも美しいのに。何故自分はじぶんを傷つけようとしているんだろう。

 その時から、理世の中で何かが目覚めたのだと。


「言われたの、まず恨みの向け方を変えなさい、と。人を恨むのはいい、それもまたエネルギーだからね、って」

 ルモイの目が一瞬暗くなったのは、かがり火の陰りばかりではないだろう。

「そのエネルギーを、自分を変えることに使いなさい、って。同じ動くならばそれだけの力、いくらでも自らを走らせる力になる、って」

 そしてその晩、また待ち合わせて今度は写真スタジオに行って全身写真を撮ってもらった。それから印刷所に連れて行かれて、その写真を等身大にまで伸ばしてもらった。

「いいかいトモちゃんや」リンは彼女の両頬を挟みつけて目を近づけた。

「毎日毎晩、これを見るんだ、そんでこう心に言い聞かせな、

『この殻の中に、白鳥の自分が眠っているんだ』ってね。そして、その白鳥が解き放たれる時、水面下でアンタを小馬鹿にしていた雑魚どもをすべて、喰い殺してやんな」


 私はまだまだ進化する、白鳥まではまだ遠いのは分かってる、でもね。

 ルモイの目の中に見える、確たる自信が、そして、気のせいか……ほんのわずかな狂気。

「私は変われるんだから」

 うんうん、うなずきながらじり、と少しだけ後ずさり。

 そこで、彼女の背後、少し離れた位置でササラがこちらを見つめているのにも気づいた。

 その目はオレンジの炎を移して妖しい光を発していた。

 彼女は、手にもった細い木の棒を、俺の首から目を放さないまま両手に水平に持って、べきり、とへし折ってそのまま火の中に投げ込んだ。

 理由はさっぱり分からなかったものの、感覚的に説明不要です、ありがとう。


 俺は再確認。やっぱ、オンナはこわい。



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