3-4 誇りを胸に、光を我らに
それでは二年三組代表、どうぞーーっ! 生徒会副会長の妙に明るい声が響き渡り、一瞬の間の後にルモイが現れた。スポットライトのまん中に。
見守る群衆から思わずどよめきが上がる。主に、以前の彼女を知るヤツラにはかなりのインパクトらしい。
暗黙の了解で、このステージでは私服も可となっている。彼女は朝のHRの後ですぐ着替えたらしい、俺はみるなり、ドキンとなった。
舞台に立っていたその姿に、かつてのリンを見たからだ。
わざと乱したつややかなショート、髪型がよく映える白いスタンドカラーのシャツは眩しいほどの白さ、首元にのぞくゴールドの極細チェーン、そして黒の七分丈パンツで気づく。ルモイ、太いとは思っちゃいたが、実は脚の線の何と美しいこと。そして、くるぶしの何と細いこと。
ぽっちゃり女子にも隠されているんだな、こんな……パーツ的な魅力が。
そして彼女の顔は今や、はちきれんばかりの自信に輝いている。
隣には等身大のパネルを支えたハナが、両手だけ覗かせてしゃがんでいる。
「ひと月前の私は、こんな感じでした。身長一六二センチ、体重七九キロ」
そこまでハッキリ言うか、てな冷やかし混じりの声があちこちで上がる。
そう、パネルに映っていたのはまさしく一月前のルモイの等身大写真だった。
いつの間にこんなもの用意したんだ。パネル写真の中のルモイは、見慣れた暗い目つきで壇上からどこか虚空を眺めていた。
しかし、その脇に立つ彼女は目をキラキラさせながらステージ下に語りかける。
「アタシは、変わりました。それはなぜって言うと……」
きっ、と見上げた目は、まさしく乗り移っていた……かつてのリンが。
「変わりたいと思ったから! そんで、これからも変わり続けます、自分を信じて。以上」
この短期間にそこまで……俺はぞっとする。一体、オマエってやつはどこまでやってくれるんだ、リン。
一瞬しんとした体育館、そこに誰かの声が。やや悪意のバイアスを掛けて。
「でもさ、男子代表はどしたの?」
そうだそうだ、の声が徐々に高くなっていく。俺もキョロキョロ。
そう言えばカネザキのヤローも朝からほとんど姿をみていない。
一時限目の授業しょっぱなから現れず、授業終了間際にちらっと覗きに来ただけ。
さすがの俺も少しだけほっとしたが
「残った分は宿題、後は学級委員の指示で動け」
そう言って出ていったきり、またどこかに消えやがった。
俺は信じたんだぞ、昨日のオマエの言葉。そしてあのサム・アップ。
今さら臆したのか? コースケ。
「だーんし、だーんし」どこからか起こった手拍子はだんだんと高く、一定のリズムを刻んで大きくなっていく。その原始的リズムに押されるように、ルモイが一歩よろめいて後ろに下がった、ハナが心配そうにパネルの影からのぞく。
「責任とるイインカイはどーしたんだよ」
味方となるべきクラスの中からもこんな声がとぶ。
「おい、委員長! どーすんだよ」「そだそだ」
「だーんし、だーんし、だーんし、だー」
その時!
「ここにいるぞ」
体育館真後ろ、天窓に近いはるか頭上から朗々たる声が響く。
誰もが釘付け。そこに立っていたのは、カーキのロングコートに黒いベースボールキャップ、不織布のでかいマスクをすっぽりと鼻までかぶったままの長身姿、逆光に浮かんでいる。
「あ、あれは」
誰かが叫ぶ。「カネザキ‼」
その叫びがキューになったのか、黒い影は手元のロープをしっかと掴むと
「タカヤマーーーーーーっっ」
半分裏声で雄たけびを上げながらステージに向かって……跳んだ!
けたたましい悲鳴が会場内に上がったのもつかの間、カネザキコースケはみごとステージのまん中、ルモイのすぐ横に着地、そして
「待たせたな」あっけにとられてるルモイに、昨日みたいに親指立てた。
それから、いきなりがばっ、とコートをはぎ取る。ぎゃああああっ、となぜか職員の並びから悲鳴が上がる。しかしその下は特に教育上好ましくないものではなかった。
何と彼、明るいグレイのスーツにぴっちりと身を包んでいた。そして更に彼は帽子とマスクも脱ぎ棄てる。
今度こそ、驚愕の叫びが会場を揺るがせた。
帽子の下は、ほとんどトゥルットゥル。綺麗に剃りあげて、しかも磨いている。
そして、マスクの下から現れた表情は、誇り高きハーゲ族の勇士のごときいかめしさに満ちていた。
「タカヤマの言う通り」
カネザキのよく通る声に会場は急に、しん、となった。
「人は変わろうと思えば変われる……例えズラなんて無くても。俺は自分を装うのを止める、自分を隠すのを止める。そして、これからは」
頭を一回つるりと撫でて、今度は前に向かってサム・アップ。カガミアップの進化形か?
「あるがままの自分を磨くことにした、ってことでヨロシクぅぅ!!」
ひと息おいて、おずおずと拍手、それに続く拍手がひとつ、ふたつ、そして……
歓声が上がった。「まぶしいぜ、カネやん!!」
結局、二年三組は審査員特別賞とあいなった。
「グランプリは取れなかったけどな」カネザキは俺を壇上に招く。
「イーンチョー! イーンチョー!」音頭取りはキヨだろうか、デカイ声に押されるように、そしてカネザキの妙にイケメン的手まねきにも呼ばれて俺もおずおずと壇上に上る。
俺が壇上に立った時、ひときわ高い拍手が上がった。
カネザキ、俺の肩を抱いてまず耳元に囁く。
「オマエのおかげだ、ヤスケン」えっ! そりゃ困る。ビビって身を引こうとしたが、ヤツにがっしり掴まれてしまった。
「ここで礼を言わせてくれ」
「ちょ、マズイよ、オレさ……ブガイシャだし」
小声で耳打ちするが周囲の騒音にかき消され、聴こえていないようです。額に冷や汗が。
「今回の、二年三組の影の立役者は」ルモイが俺の手首を掴んだ。「この」
「そうオレの」カネザキの声が立て続けにした、俺はもうパニック寸前、「どうきゅ」
「わああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ」
俺は目いっぱい声を張り上げ、直立不動、そして両手を脇に揃えてぴったり礼。
「ありがとーーーーーございましたーーーーーっっっっ」
カネザキの二の句を封印したまま、脇にぴったり付いていたハナに小声で指示。
「胴上げ、カネザキ胴上げさせて」
「二年三組のみなさん」ハナがあえて明るく声を張り上げる。
「ステージに上がってください! カネザキ先生の周りに集合!」
このコンテストでは有りがちな風景、受賞チームがクラス全員で集合し、ステージ上で誰かを胴上げする。ごく普通の光景だと思ってた、そう、カネザキと共に俺が担ぎあげられるまでは。
「わーっしょい、わーっしょい」
おい待て待て待てオマエら、カネザキだけでいいんだ、俺のことは放っておけ、そういう暇もなく俺はカネザキと共に小僧どもの頭上に揺すり上げられた、うおお気持ち悪い、多分俺、真っ青だったんじゃね? カネザキのでかい図体も宙を舞っている。と、その時急に耳元で低い声。
「チョーシづくんじゃねえぞ、スナ」
同時に誰かがバランスを崩した。
俺とカネザキは、崩れたスクラムの端から滑り落ち、ステージの下に放り出された。
「ぐぁっ」カネザキ、瞬時に俺をかばって腕を伸ばす、が、背中から床に転落、わあ、自慢の頭を思い切り打ったらしい。一拍おいて俺も床に叩きつけられる。
「大丈夫か!?」教員も駈けつける。俺はまっ先に立ちあがり、カネザキをゆさゆさと揺さぶった。
「先生! せんせいっ!」
カネザキ、ゆっくりと目を開けた。少しずつ焦点の合うその目が、俺を捉えた。
「あれ……シマジリ……どうしたんだ」俺を見る眼が完全に教師のそれに戻っていた。
「何だ? 何? 嶋尻、オマエ……だいじょうぶか」
「大丈夫か? は、こっちのセリフですよ」
俺は言ってやった、密かに大きく安堵の吐息をつきながらね。




