3-3 嵐の前の密談
水曜日。ついに翌日はコンテスト、というその日はいつになく学内にうわついた空気が流れていた。
今日明日は一応通常日課。なのでルモイはすでに全てのカリキュラムを終えて、朝のHR時には既に完成形に限りなく近い姿で、クラスの中ひときわ輝きを放っていた。
やや痩せたとかいうことより髪型とかより、何と言っても一番大きいのは、どことなく漂うき然としたたたずまい、かな。
一方、昨日喝を入れてやったカネザキ、どうなっているのかと思って期待しつつ見るに……何だか、昨日より酷くなってねえか?
教室内だと言うのに目深にベースボールキャップ、そしてでっかいマスク。誰かが
「どっしたんすか、センセー」と脳天気に聞いたところ、
「カゼ、ひいてな」押しつぶしたような声のまま、うつむいて顔さえ上げやしねえ。
放課後までロクに目も合わせやしねえ。今現在こちらのことはヤツにはどう映っているんだろか? そんな疑問を胸にくすぶらせてた俺だが、帰り際、ルモイの最終準備をハナに任せ、人けが途絶えた頃ようやくササラと少し話そうとしたところに
「おい」
急に廊下から声をかけられた。
相変わらず目深にかぶった帽子とマスクの間から、カネザキの切れ長の目がこちらを覗いている。
「なんだオマエ」ようやく気づいたようで、つかつかと寄ってきた。
「いつからいたんだ? 参観か?」
案の定、まだ俺を見る目がヤスケンモードに入っているらしい。
「ちょ」俺はササラに「ごめん」と断ると急いでカネザキを廊下の隅に引っぱっていった。
「なななんだよヤスケン」
「しっ、でかい声出すな、ワケは明日話す」俺は出来るだけ口を動かさないように囁く。
「それよか、コースケ」
横目で確認すると、ササラが不審そうにこちらを見ていた。俺は更に声を潜める。
「明日、大丈夫なのかよ」
カネザキコースケは、無表情な目のままササラの方を振り返り、同じ目のまま俺に目を戻し、黙って親指を立ててみせた。
「出るのか、コンテスト」
「男に二言はない」そんな古臭いこと平気で言えるのがオマエらしいぞ、コースケ。しかたなく、俺もササラに見えない方の親指を立てて、ササラに見えない方の頬でにやり、と笑ってみせた。
カネザキはまたちらりとササラを見てから、真顔のまま俺に言った。
「けっこう、カワエエだろアイツ? 手ぇ出すなよヤスケン」
「ぶぶぶぶぁぁぁかっっ」俺はつい大声を出した。耳まで熱い。
「誰があんなガキ! もういいから、じゃな明日!」
廊下に押し出すようにして、ようやくカネザキを追い払う。
ほっとしたのもつかの間、後ろから地の底から響くような声が
「誰が、ガキですって」
ひっ。鬼気迫る表情。さすが未来のオカ演シンガー候補。
「それにいつの間にカネザキと仲よくなったの……」
「あ、あああそれはよくわかんない」とにかく明日の準備だけどササラあのさ、言葉を足そうとした途端、ぐさりと釘を刺されてしまった。
「委員長。アタシ、委員じゃないんですからこれ以上こき使わないで下さい。ハナさんに言いつけて下さい。ハナさんガキじゃありませんし」
じゃ、と冷たい口調のまま、釘留めされた俺を一人残し、スタスタとその場から去っていった。
もう秘密を暴露されてもいいのだろうか? 開き直りか? それにしても
「……コワい……」
とにかく、明日は明日の風が吹く。F5レベルでないことを祈るのみだ。




