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○○だったら……責任とります委員会!  作者: 柿ノ木コジロー
第3章 その男、往生際が悪いから! 
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3-2 コースケ五段活用

 土手沿いの道にカネザキをどうにか助けあげ、俺たちは並んで帰り道を行く。


 衝撃の事実判明。コイツ、中学の時の同級だ。

 名前は『カガミ・コウスケ』、俺の隣のクラス・二四HRだった。

 やるコト派手な割にけっこうマジメな努力家、いつも俺はコイツと数学のトップ争いをしてたんだよな。

 そして結構な自信家。スポーツも何でもソツなくこなしてた。もちろん三年では生徒会長。押しは強くて髪は厚く、いつも前がばっさりと眉のところまでかぶっていて、それをさっと片手でかき上げるのが『カガミアップ』って仲間うちでも流行った時期があった。

「オマエにさ、憧れてたんだよなヤスケン」

 婿に入って『カネザキ』に苗字を替えたのだというその男はどこか淡々とした口調で語っていた。

「だってよ、数学はだいたいいつもオレよか出来てたし」でもな、コースケ、お前の方が全体点は高かったぜ。

「女のコにもモテモテだったろ?」いやいや、オマエはじっくり一人のコとつき合ってたし。それこそ、『ベストカップル』って感じだったな。

 何にしろ、コイツには勝てねえ、そう思っていた一人だった。

 それが『憧れ』だったって? 俺が?

「なあ、コースケ」

 何故だろう、今のカネザキには己の……ヤスケンの身の丈で話ができる。声は相変わらず少年合唱団だったがね。

「逆だよ、それ。オレがオマエに憧れてたんだ、」心からのことばだった。

「何でもよくできたし、堂々としてたし、つき合ってたコは可愛かったし……なんだよ、結婚してたのか? 実は」

「ああ」

「なぜ独身だなんて」

「言ってねえ。結婚してますか? って生徒に聞かれたら『いいや』とは答えてたけど」

 何なんだコイツは。俺は言ってやった。

「あんな立派な家に住んでるし」

「女房の実家だよ。建て替えたばっかだけど」

「……それにさ、ちゃんと教師やってるし。オマエ、夢だったんだろ? 人を教えて導くシゴトにつきたい、って」

 ああ、とヤツは深いため息をついた。

「どこでどう間違えちまったのか」両手を拡げてみせる。

「こんなんなっちまった」

 信じられねえ。これが中学時代、『歩く自信過剰』と言われていたあのコースケなのか?

「ハゲ、いやいやいや卑下することないだろ」どうしてこう口を滑らしてしまうのか。しかし、カネザキは細かい事には気づいてないようだった。

「駄目だよ、オレは。まずさあ、結婚したのが恩師の娘だったってトコがね」

「愛してないのか?」

「いや……うん、ヤスケン。オレ正直分かんねえ」

  コースケ、オマエの方こそ俺がどう見えているのか分かんねえ。

「結婚する前は、確かに可愛いコだな、とは思った。それにオヤジが恩師で校長だし、しっかりした家庭だし、俺んち実家さ、少し前に抵当で取られちまったりそん時の心労が元でオヤジが死んだりでドタバタだったんだよ、何か、ブランドの仲間入りって気持ちは確かにあった。結婚で苗字も替えて一から出直そう、ってのも確かにあったしな」

 それがどうだ、今じゃ。カネザキの物言いは逆にどこか明るくもあった。

「婿入りしたが、何となく肩身は狭い。オクサンは役所勤めでオレよか年収あるし、オヤジさんもオフクロさんも高学歴でしっかりしてる。家も立派だ。池にコイもいるし」

 やっぱそこ、ポイント高いか。

「学校じゃあ、何となく説明が面倒で独身なんて冗談で言ってたら生徒は本気にしてるし。でもよ、そんな生徒らは言う事聞かねえ、親からの突き上げは年ごとに増える一方だ、その割に家庭のモラルは下がってきてんじゃん? なのに俺らは、余計な事に口出しするな、っていっつも上から突かれてる。教育委員会の方針から外れるな、保護者のクレームに善処しろ、だの」

「いじめ問題とかは?」さりげなく聞きたい部分を聞いてみる。

「オマエんちクラスにもあるだろ? 大なり小なり」

 カネザキ、ははっと嗤う。

「いるさ、虐められるヤツ。女子でもデブとかチビとか」前者はシオリで後者はルモイなのか?

「それにチビでオドオドしてるせいか、集団でイジラレてる小僧とか」それ俺? 俺だね!

「いじめられている方にも、問題はあるんじゃねえか、って俺は思う」

 指導者にあるまじき発言を堂々としているぞ、オマエ。

「小僧はそれでも頑張ってるんじゃねえの?」上ずった声の俺。

「小僧はまあ、少しはガンバッテるかな……なるたけ関わり合いになりたくないんで、いつもスルーしてたけどこないだはさすがに助けちまったし」

 調理室への突然の登場、やっぱりコイツ、分かってやってたのか。

 それにしてももう少し早く気を配ってやれば、スナだって崖から飛び降りようなんて思わずに済んだはずなのに。俺の心中は複雑だった。

「もちろん、女子だってさ……オマエ、デブとか言ってるけどよ、タカヤマのことだろ? でもしっかり近くで見ただろ? あの子を」

「ああその高山だけど確かにな……見たよ。少し締まったのかなあ。変わろうって努力してるのは認める」

 しかしそれが辛いんだよ、逆にさ。そう急に切り返された。

 いぶかしげな俺の表情をみたんだろう(でもホントにスナは見えていない、明らかにヤスケンを見ている目だ)。

「俺は何の努力もしていない、何となく流れでこうなっちまっただけだ、それで悩んでばかりいる、おかげで髪の毛も抜けちまった。したらさ」

 つるりとしかかった頭を片手で撫で上げる。

「オヤジさんとか、カミさんがうるさくてさ『何その頭、老け顔が更に老けてみえるし』とか『どうにかならんのか』とか。それでしたくもないカツラまで」

 そうだったのか。何かと辛いな、コースケ。オマエはオマエで色々抱えてんだ。

 しかし、それではマズイんだコースケ。これだけは言える。

 自分の中に閉じこもっているだけじゃ、何も解決しねえ。説教してやりてえ。悩んでいるのはオマエだけじゃない、しかも、オマエには見守るべき家族や生徒たちを抱えてるんだ、まず他人を支えるにはオマエがオマエ自身を認めなくては。

 しかし、徐々にヤツの目から何か霞みがかったものが晴れていくのが分った。説教なんてしているヒマはない、早くしないと。俺はうんと背伸びして、そしてようやく届いたヤツの肩をぽむぽむと叩く。今がチャンスだ。

 俺は改めて、ヤツに向き直った。

「あのさ、コースケ」

 ヤツは必死になって俺に焦点を合わせようとしている。

 何だか魔術が解ける寸前みたいだ、俺はつい早口になる。

「分かるよ、オマエの立場はよく分かる。クラス運営もそれなりに苦労してんだろうよ。それにカネザキの家でも、しんどい事多いんだろ?」

 うん、とゆっくりカネザキ、いや、コースケがうなずいた。

「そこをもうひと踏ん張り、頼めないかな、オマエに」

「何を」

「ありのままのオマエを、アピールしてほしい」

「どこで」

「クラス対抗のコンテストだよ、ほら、ベストカップル@第二中」

「……無理だよ」だって俺、と頭に手をやって絶望的な目をする。

 そんなコースケの姿は見た事がなかった。弱さ全開、という彼の姿は。

 しかしすべてをさらけ出してこそ、どん底から這いあがれるのでは? 俺は言葉をつぐ。

「ズラだから何だよ、禿げたからって何だ? 上等だよジョウトウ。知らねえのか? 今さ、ハゲメンって言葉だってあるんだぜ。いるんだよ、そういうヤツらは。髪はないがその他の魅力が十分ある、むしろ髪がないことですら勲章としてアピールできる、って男たちがさ」

「無理だ」コースケの声は更に弱々しくなっていく。

「俺さ、毛がないのもそうだけど……自信がないんだ、全てに」

「いや」俺がどう見えようと、どんなオコチャマ声出していようが知るか。今は説得あるのみだ。

「オマエには、あるんだよ、誇っていいもんが」

「えっ」コースケは目をむいた。

「戸惑いながらでも、教師を続けていること。弱いヤツをさりげなく見守っていること、義理立てが動機とは言え、ちゃんと家庭生活を築いていること、コイの池があること」

「黒いのばっかだけどよ」

「大丈夫、アイツラは自分が何色かなんて気にしてねえ」

 もう自分でも何を説得してんのか分かんねえ。

「それに、実は愛しているんだろ? オクサンのこと」

「あ……ああ」どうだろ、と少し弱い目を地面に向けた。しかし今は押す時だ。

「大丈夫、奥さん可愛かったじゃねーか、名前は何て言う」

 コースケは少し照れたように笑った。「圭子、っていうんだ」

 俺はここをたたみかける。

「家庭、教職、ケイコさん、コースケオマエ自身、幸せのカ行五段活用だぜ」

「『ク』、がないぞ」

「黒くても鯉、だな。ほら揃った」鯉……別にポイント高くないが、さっさと丸めこむために俺はどん、とヤツの背中を叩く。肩に届かなかったから。

「自分でも気づいているだろう、実は」おごそかに俺はこう告げた。

「ハゲていようが何だろうが、自分はかなり、イケてるのではないか、と」

 急にヤツが立ち止まった。

 彼の姿から、爽やかな空色のオーラが立ちのぼる。

「そうだよな……」

「中学時代のオマエを思い出せよ」俺は、前に回ってヤツの両腕に手をかけて、揺すってやった。

「いつも自信に満ちていた、そして、いつも確固たる目標を持っていた。今のオマエは、その時のオマエと何ら、変わるところはないんだ。

 コースケはコースケのまんまなんだから、自信持て」

「ああ……」

 コースケ、ようやく顔を上げる。水色のオーラに包まれたまま。

「分かったよ、やってみる」そしてくるりと向きを変え、今来た道を駆け戻っていく。


 すっかり脱力した俺の影法師が土手沿いの道に長く伸びている。

 どこかで五時の時報が鳴った。

 それはさながら天からの音楽のようだった。


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