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○○だったら……責任とります委員会!  作者: 柿ノ木コジロー
第3章 その男、往生際が悪いから! 
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3-1 突撃、お宅訪問~


 カネザキ・コースケ、42歳。独身。


 特にひどい(つら)という訳でもない。切れ長の目に通った鼻すじ、時代劇の主人公にでもなれそうだ……ウラミハラシマス、みたいなダークな系統だろうがね。


 見た目そのまんまなんだけど、このカネザキ、どうにも真面目すぎるというのか、神経質ぽいというのか、いつもキリキリしてる、っていうのか。

 しかしその割にクラスのあれやこれやには無頓着な感じだ。

 もちろん自分のこともほとんど語らない。


 いうなれば『小心者の事務員』みたいな雰囲気だね。

 日頃は穏健派で通っているハナ委員でさえ


「別にいなくてもいい存在」

 とまで言い捨ててるし。可哀そうな中年だ。


 今回のコンテストには、まだ出るとも出ないともはっきり表明していない。

 生徒たちがやいのやいの騒いでいるのを、ただ黙って成績つけに忙しいふりしながら何とかやり過ごそうという気が見え見えだな。


 だけど、さすがにベスカプコンテストというだけあるんでルモイだけでは勝負させられない。

 ルモイのがんばり(まあ、どんな動機かは聞くのも怖いが)、あれを肌で感じることができたらヤツ……いやセンセイだってきっと。


 とにかく、当たって砕けろだ。



 翌日の放課後、ハナ委員が紙切れを差し出した。

 カネザキの電話番号と住所が書いてある。電話番号は連絡網にあったが、住所まで。


 俺はハナをまじまじと見やる。


「誰から聞いたかは聞かないで」


 ハナはそう言ったが、まあ俺もそこまで聞きたくはねえ。

 あまり深い所まで知りたかねえしな。とにかく、近ごろの情報戦争は恐ろしいよなって思った程度だ。


 意外なことに、一軒家に住んでいた。

 あれ、アパートじゃなかったのか? しかしハナ委員の情報を信じるしかないだろう。


 独身と聞いたから親と住んでいるのだろうか? それにしてもまだ新しそうな家だった。

 しかもけっこう立派な。庭までついてる、付いてて悪いか?

 うん、ちょっと悔しいな。

 しかも池には鯉。しかし柄付きが買えなかったのか黒いのばかり。

 それとも、いざという時の緊急食糧なのだろうか。


 そして更に意外なことに、ドアベルの下にインターコム。


「ぴろぴらぴろーん、ぽらりぴらー」

 みたいなオサレなメロディの少しあとから


「はい」


 落ちついた女性の声。俺はすでにアガリまくった声で来訪を告げる。


 しばらくたってから、がちゃ、と玄関ロックが外れる音、つらつらつら、軽い音と共に開いた玄関の向うに立っていたのは、何故か若い女性。三十かそこらか? 妹とか?


「主人のクラスの方ですか」


 シュジン? どーゆーことだ? ヤツは、独身じゃなかったのか?

 そこに、すっかりオッサンジャージに身を包んだ影が奥から現れた。


「誰だって?」

 俺とルモイの姿を見かけるなり、カネザキは、かきーんと瞬間凍結した。


「先生」

 俺は、一歩中に踏み込む。

「あの、突然すみません」


 カネザキは、何も答えなかった。ただ、固まったまま。


「あの、ベスカプの話なんですけど」

 少し後ろに隠れるように立つルモイを前に出す。


「こんにちは」

 ルモイは、少し恥ずかしさもあるのかおずおずと声を出した。それでも、見た目がかなりスッキリしたせいか、それすらややカワユクみえる。


「あの」

 俺も少しおずおずと続ける。


「高山さんの方は、何となく準備もできたし、先生はどうかな~って」


 しかしカネザキはまだ、固まっている。いったん引っこもうとして脇によけていたオクサン(推定)は


「え?」


 と、そんな彼に目をやった。


「何それ」


 急に声がわずかに太くなっている。カネザキは更に硬直している。


「あのぉ、先生ってどく」そこまで俺が口に出した時

「うわぁををを~~~~っっっっ」

 カネザキは俺たちを突き飛ばすようにしてずざっとサンダルをつっかけると弾丸のように表へ飛び出していった。


 一目散に逃げ出すカネザキ。どーゆーわけだ。


 俺は「ルモイ、ここで待ってて!」それだけ声をかけるとあとは必死に彼を追いかける。


「待って、待ってくださいカネザキ先生~」


 ヤツは脱兎のごとく俺の前を走っていく。

 子どもの足でどこまで追えるか、うん? オレ、けっこう走るの速くねえ?

 そして遠くを走っていたカネザキ、だんだんと速度が落ちて行ったのが分かる。


 ついに、大川の土手まで追いかけていった。

 ヤツはそのまま草の中から土手沿いの道に駈け上がり、今度は肘を直角にして改めて速度を増した。まずいぞ、走るにはかなりいい道。しかも誰も通りやしねえ。「そのひと痴漢です誰か止めてくださ~いっ」と叫ぶ訳にもいかず。


 俺も同じ場所から駈け上がり、同じように肘を直角にしてスパートをかける。


「まて~~~」


 すげえぞ、息が切れない。

 これがワカモノというものだったのか?

 俺は自らが巻き起こす風に陶酔する。

 走れ、スナ。いつまでも。走れ、スナ、風のように。


 なーんて言ってる暇はねえ、俺はぐんぐんと追い上げる。


「あっ」


 カネザキ、ふり向いたとたんに足もと、並木の根が舗装を盛り上げていたコブに足をとられた。グリコのお兄さんよろしく大きくバンザイの姿のまま時が止まる、と次の瞬間! 


 どっと大川側に転落した、後ろ向きのまま。


「先生!」


 ずしゃん、と草に当たっただけとは思えない派手な音が響く。


 慌てて俺は土手を駆けおり、倒れている彼のもとへとかけつけた。


 わあ、重症。なんだろうかちょっと判んねえ。

 頭を打ったのだろうか、目をつぶったまま。

 意識がないようだ。


 しかし、血は一滴も流れていない、俺はほっとして彼を抱き起こす。

 その時気づいた。


 わあ、やっぱりズラだったんだ。

 彼の髪の毛がばっさりとずれて顔の上に載っていた。


「先生、せんせいっ!」

 ぴしぴしと頬を叩くと、「ん……」彼はようやく身じろぎした。


「どこだ……何これ暗いぞ」

「だいじょうぶですか」


 ぼんやりした目のまま、彼は無意識のうちにズラを持ち上げてあたりを見回している。


 完全無防備頭頂部を俺の前に晒して。取れたのはまだ気づいていないようだ。


「あの……けがなくてよかったですね」


 言ってから、しまった! と口を押さえる。

 完全にイントネーション間違えた。


「ああ……」

 彼は呆けたような目のまま、それをまた頭に載せた。

 完全に前過ぎ、眉毛の上に厚い髪がかぶっている。そして……


 少しずつ焦点の合ってきた彼の目は明らかに、俺をじっと見据えていた。


「何……? なんですか」

「オマエ……」


 何かの記憶を辿るような目線。いったん宙に外れ、そしてまた俺の上に戻る。


 そしてその後、衝撃の一言が。


「ヤスケン……25HRのヤスケンだよな?」


 何故俺を――ホンタイを知っている!?


 しかし俺もいきなり思い出した。


 前髪のばっさりとかぶったその表情が引き金になって、今の問いかけがとどめとなって完全に忘却の中から蘇ったんだ、以前のコイツが。


「……コースケ……って、あの、コースケか?」


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