2‐6 その女・リン
ファミレス『ガスチョ』の半円に近いテーブル席に、俺たちは座っていた。
「で?」
腕組みしたまま、鈴、本名・理世が強いメヂカラで俺たちを見据えている。
対面しているのはまず俺、そして俺の左脇にはササラ、ハナ、そして右脇にはルモイ。
半円席なので実際にはハナがリンのすぐ隣なのだが、リンの雰囲気に圧倒されているのか、かなり間を開けてササラにひっつくように身を寄せている。
ササラはササラで、同じように腕組みで対抗。それでも大人の魅力、つうか迫力には敵わないらしく何となく落ちつかなげにモゾモゾしている。
ルモイはあまりいつもと変わりない。俯いたまま長いストローでバナナ・シェイクをすすっているし。
「ミスコンに出る子を連れてきたんですけど……」
あのメールの後、遅くなってしまったが俺は更にリンにメールを出していた。電話はできない、お願いだから中学生数人が訪ねて行くから会ってやって欲しい。週末、近くのファミレスまで行かせるから。
そしてついに、対面が叶ったわけだ。
泣きそうだった、実のところ。
まさかこうしてまた会えるとは。
リンはすらっと背が高く、宝塚にでもいそうなタイプ。かなりの美人だと誰もが認める女だが、いつも厳しい表情で世の中を斜に構えて眺めている。彼女いわく
「オレは誰とも慣れ合いたくないし、誰とも親しくなりたくない」。
孤高の世捨て人風なんだよな。でも、バーテンダーという仕事は性に合ってるらしく、この店もほどほどに流行っていたようだ。
記憶の中では、いつもモノトーンに身を包んでいた彼女、今日も綿の濃いグレイのTシャツに黒いパンツだった。シャツは飾り気のないVネックで、シルバーの細い鎖がすらりとした首から鎖骨の辺りに覗いている。
言葉使いもぞんざいで、声だけ聞いていれば少し声の高い男性かと思うような話ぶりだ。
メールや手紙ではやや中性的になるものの、俺も何度か店で男同士のごとき会話を楽しんでいた。
たまに調子に乗って、レタスサラダを作ってやったこともある。
「アンタが失業したら、コックで雇ってやるか。時給300円で」そう言って笑っていた。
そんなリンのバーテン以外の特技、それが『トータルプロデュース』だった。
元々のセンスがいいのか、以前美容師をやっていたという噂が本当なのか、メイクから髪型からスタイルから、トータルで『人を生まれ変わらせる』腕前はかなりのもんだった。
そして美を求める人たちへのアドバイスも的確だった。
彼女の店『來夢』には、噂を聞きつけてたまに変身願望の強い人びとがよく相談に訪れていた。
かなりの高額ではあったものの、彼女はそういった人びとを次から次へと『イケてる』人物に生まれ変わらせていた。
俺もカウンターの端っこからソイツらのビフォー・アフターを何度か見物して、彼女の才能に舌を巻いたものだった。
「この子を」
俺はひじでルモイを押した。ルモイが軽くゲップを吐いて、ハナとササラはわずかに顔をしかめた。
「この子を三週間でミス二年三組として出した……」
「えっ」
今まで何となくササラを観察していたらしいリンが、さすがにびっくりしたように目を見開く。
「無理でしょうか」
「三週間……」その目がまた厳しく細められる。
「ミス二年三組、って何だ」
俺は最初から説明する。
リンは、意外にも真面目な表情で話を聞いている。目は今度はルモイにしっかと据えられていた。
しかし、しばしの沈黙ののち、彼女は一言
「無理だね」
そう答えて、ブラックの珈琲を傾けた。
ひどく興味がなさそうに話を聞いていたルモイがまた、げっぷをした。
ルモイに目をやった俺は、さぞ情けない顔にみえただろう。
「そこを何とか、お願いします」
「かなりレベル高そうだしね、それにその子、名前何だっけ?」
「タカヤマ・トモエです」親切なハナが代わりに答える。
「トモエちゃん、やる気あんのか?」
視線が集まっているのに気づき、二拍くらいおいてルモイが顔を上げた。
「え?」ようやく発したのがその一言。俺とササラ、ハナは顔を見合わせてため息。
だが、リンは俺をちらりと一瞥してから意外なことを言った。
「アンタら、三人ちょっと席外せや。オレはこの子と話がある」
「えっ?」俺は腰を浮かしながらも彼女に食い下がった。
「何で、いいんですか? やってくれるの?」
「うるせえんだよ小僧は。とにかく話がある、30分くらいどっかで遊んどけ」
しっしっ、と追い払われて俺らはそそくさと店を出た。
この町も懐かしい。
彼女の店のすぐ近く、アパートからも遠くはない。時々来た事がある。そしてまだ何か……記憶から抜け落ちた何かがずっと俺の目線の端の方に引っ掛かったままになっている。
俺たちは二ブロック程離れた本屋でしばらく立ち読みで時間を潰した。
その間にも、抜け落ちた記憶のことを俺は考え続けていた。