2-5 プチ講座でも2時間コース
「スナオー、電話よ、同じクラスのササハラさん、ですって」
無関心を装っていながら、事情によっては詳細をうかがいましょうか、みたいな冷たい声音だ。
俺は泣く泣くエンターキーを押す。中途半端さが思わせぶりだと思われるだろうか。
本当に性質の悪い冗談か嫌がらせだと受け止めるだろうか。
しかし、もう後には引けない。
聞こえていないと思ったのか、母親が二階を上がってきた。部屋のすぐ外で声がする。
「電話よ」ドアの前に立ったようだ。俺は「はい、すぐ出る」そう答えてから更に
『頼む、助けてほしい。会ってほしい人がいる、後で連絡する』
ここまでメールを送った時、「スナオ」ドアノブに触れる音。俺は子機を取って外線を押す。
「ごめん、お待たせ」
母親がドアを開け切る前にあえて大きな声で電話に出た。ドアを閉めて階下に去っていく足音がした。脇にいつもかかないような滝のような汗が流れて鮭が遡っている。
「どこか行ってたの?」
ササラの冷徹な声が響く。
「いや、ちょっと……走ってた」
「部屋で?」母親は、部屋にいると言ったのだろう、ササラの声が更に険悪になる。
そこにメールが届く。ぴろり~ん。
「そう、走ってた、ルームランナー」待て、ササラがもし部屋にでも来る事になったら(中二の妄想ではなく、現実的なオトナの判断です、あしからず)、部屋みればすぐ嘘がばれてしまう。「……がないからさ、ただ、その場で長距離練習してた」
言いながらもメールをチェック。リンからだった。
『明日の晩17時に店に電話を下さい、話はそれから聞きます』
「だから電話できないんだって」思わずつぶやいた声をササラに拾われる。
「電話できない? なんで」
あ、いやいやいやキミにじゃなくて、と両手を振りまわして子機を取り落とす所だった。
「まあいいけど……それよか早くケータイにしなよ」
ササラは容赦ない。
「連絡取りづらくてしょーもないし」
すみません。あの母親がケータイなんぞ持たせてくれるようには思えないが。
「ところでさ、ルモイの件で当てがあるかも、って言ったきりでまた連絡するから、って。どうなったのよそれは」
「あ……ああ」何と言うセッカチな女なんだ。
「今、聞いてる最中なんだけど、メールとかで」
「メール? パソコン使ってんの?」
「まあね。ササハラさんも使うんだろ?」
「ササラって呼んでよ」つっけんどんなのは元々なのか? それとも照れ隠しか?
でもさ、何か俺たちイイ感じじゃね?
「ぼくのこともスナでいいよ」
「えー、やだ」本当イヤそう、はいはいすみません。全然よかねえじゃん。
「委員長、で、どうなのよ」
「ササラ(心の中でさんをつけている小心者の俺)、は協力する気、あんの?」
俺の質問にササラの声が尖る。
「レタスだってあんなに協力したじゃん、今さら何聞いてんのよ」
「……ごめん」言い方はキツイけど、彼女はただ単に親切なだけかもしれないな。
「それよかさ、スナ……委員長、何か感じ変わったよね。何かあったワケ?」
突っ込まれたくない、俺は何とか話題を変えようと
「ううん、えと、ねーあのさところでさ」
こないだ知識を仕入れるために集めておいた、『オカルト演歌』の動画を出す。
「ササラの好きなオカルト演歌、あれからちょっと興味があって調べてみたんだけど」
えーやめてよ、マジやめて。そんな叫びが聞こえるのも無視しながら記事を読んでみる。
「新刈谷ルナ、とか桜宮オウラ、とか聴いてみたんだけど、けっこう良かった」
電話の向こうが静かになった。何かオレ、地雷踏んじまったかあ?
「でもこの二人を視ただけなんだけどさ……人によってずいぶん違うよね同じジャンルでも」
「あったり前よぉ」
ササラの声が急に弾む。学校では見せないような顔してるんだろうな。
「ルナはどっちかって言うとギャル系なの、服も和装だけど今風でしょ? ミニだし、歌も英語多いし、どっちかって言うとロックっぽいし」
「オウラの方が静かだよね」俺は急いでオウラの画面も開く。黒のロングドレスで髪をシニヨンにまとめた細身の女性がマイクに抱きつくように、怨念こめて歌い上げている。
「オウラさまは別格なの」
急にササラの声がおごそかになる。そうか、コイツはオウラ『さま』推しってヤツなんだな。対応に気をつけないと。ホンキで気をつけないと夜道で刺されるだけじゃ済まねえ、サバトのデコレーションにされちまうかも。
「オウラさまの声にはね、1/fのゆらぎがあるのよ」はあ。承っておきますが何それ。扇風機か?
「確かに、聴いていていいよね」当たり障りのない俺の返答に
「でしょ!?」と食いついてきた。
しかしある意味失敗ではあったな。
それからササラによる『オカルト演歌講義』は2時間近く続いた。
俺の耳は完全にプレスされて、多分、もう10分も話が続いたらもげ落ちていただろう。
その晩の夢は悲惨だったね。
ササラが黒いロングドレスに赤い血の染みみたいなスパンコール散らし、舞台で歌ってる。
教室でみるのとあまり変わらない怖さだが、その上何だか青白い燐光に包まれている、すげえ綺麗だ。そして白い肌と端正な顔に似合わない、高めなのに渋いハスキーボイスで延々と恨みつらみを歌い上げ……
首には灰色がかった肌色の何かがネックレスとなって連なっている。
かなりゴージャスな造り、そしてそん中の二つは確かに、俺の耳だった。