2-3 逃げれば? と言われて戻る阿呆哉
あっという間に、誰の指示だかクラス目標のでっかい掲示が出来あがった。
こういう時には一致団結かよ。それにマジ、張り紙好きな連中。
白い模造紙を貼りつなげたものに
『カネザキティーチャー&高山留萌っち、ベスカプコン@第二中で全校ゆーしょーだっ☆』
そうカワユイ装飾文字が色とりどりに横一行、しかも、そのプロデュースについては下に黒く、
『責任とります委員会に一任するものとする』
とメチャクチャお役所文書的に書かれている。
俺は反論しようとした。しかし、できなかった。
クラスの中には既に物凄いガスが充満しており、反対したいヤツらをも呑み込んで全体主義的な流れを作り上げていた。
無色というのはたいがいが何色にでもすぐ染まるんだ。
色分けが見えるのがこんなにおぞましい事だとは。
ヤバい。ヤバすぎる。
どうして俺がこんなことにまで首を突っ込まねばならねえんだ。
こんなチビに乗り移っちまっただけでも十分な呪いなのに、次から次へと訳の分かんねえ揉め事に巻き込まれて。
今すぐ縁切りてえ! それが真っ正直な俺の感想だった。
ヤスカワ・ケンイチロウの肉体は今どこで何してる? ホンキで死んでしまって、すでにホネだけなのか? しかし魂がここにある、ということはもしかしたらこん睡状態でどっかの病院に身体が残っているのかも知れない、だったら急がないと……
ずっとずっと気にはなっていたものの、チューボーも微妙に忙しい。
自分探しは夏休みのヒマな時にでも、と思っていたのだが、心の奥底で、早く何とかした方がいいのでは? という囁き声が俺の可愛いシリをサスマタでチクチク突いていやがった。
そこに降ってわいたような災難。俺はとことん呪われている。
ホームルームととってつけたような終礼が終わるや否や、俺は教室を飛び出した。階段を駆けおりてようやく昇降口のハナを見つける。よかった、一人きりだ。
正面玄関に近い事務室の脇に手まねきして、辺りを見回してから彼女に泣きついてみる。
「ねえ、どう思う?」
「うん……」ハナの言葉にも切れがなかった。
「ルモイじゃあ……難しいかもねえ」
彼女はクラスの行事にも全く積極的に参加したことはないのだという。
「なんで」そう尋ねながらも、俺にも何となく分かっていた。
「太っているから?」
ハナは「ん?」わざととぼけているのか言い淀んでいる。
自分もややぽっちゃりなのは気にしているのだろうか。
でも、ハナとルモイとは決定的に何かが違う。オーラ、とでも言うのだろうか。ハナは本能でそれを感じているのだろうか?
俺は考えをまとめながら口に出す。
「清潔感ないから? それとも性格的に?」
「ずいぶんハッキリ言うよーになったね、シマジリ君」
急に脇から声が飛んできて、俺は飛び上がる。いつの間にかササラが立っていた。
「さすがの委員長でも、無理なんじゃない? 彼女、小学六年の頃転校してきてさ、それからずっといじめられてるし」
ササラの言い方は容赦がない。
ハナを見ると、穏健派の彼女でもササラの意見には賛成の様子でうなずいている。
「うん、いくら委員長でも無理なものは無理」
ここでようやくイインチョー呼ばわりかよ。
「かと言って、あのさ、このまま吊るしあげられたら可哀そうだと思わないの? 二人とも」
「えー」ササラは薄い反応でハナを見る。ハナも困ったようにササラを見た。
ササラはえへん、と咳払いして言った。
「シマジリ君、アンタの方が吊るし上げられちゃうと思うけど。さっきはものの弾みで引き受けちゃったような形になったけど(エッ、ヒキウケテネー! ヒキウケテネー! とリフレインが叫んでる)、この件に関しては知らん顔して嵐が過ぎるのを待ってた方がいいと思うわ。カネザキだって面倒なことには関わり合いになりたくないだろうし」
うんうん、とハナもうなずいている。
「出したくなければ、棄権って手もあるしね。毎年二クラスくらいは逃げてるわよ」
「にげてる……」けっこう傷つく言い方だよな。
「それにすぐ夏休みになるから、みんなすぐ忘れるよ」ハナも呑気なもんだ。
「そうそう」おっかぶせるようなササラの軽い口調。
「セイギたちが気になるんだったら、逃げ回ればいいんだし。どうせ家も離れてるんでしょ? 私たちもアイツら注意しておくし」
全然慰めにも何もなってやしねえ。追われて串刺しにされるのは俺だし。
ササラは続けた。
「相手がルモイだしね、たかが二、三週間じゃあどうにもならないと思う。よっぽどカリスマ的指導者が現れなければね、美容界とかファッション界のカリスマ、とか」
「カリスマ、かぁ……」
急にひらめいた。
「待って、」
俺の目の中に何かを感じたのだろうか、ササラとハナとがびくりと身を震わせてこちらに注目。
「もしかしたら……当てがあるかもしれない」
けげんそうな二人。スナにそんなアテがあるのだろうか? ゴシック体太字で顔に書いてある。
そう、スナにはそんなアテもツテもマテもオスワリもない。しかし……
ヤスカワ・ケンイチロウには、ひとつだけあった。極楽に繋がる細い蜘蛛の糸が。
見えてきた、銀色に光る細い糸、その先の白銀の光、光の中に浮かぶ人影、あれは確か……
「でもさ」ぼんやりしていた俺にササラは冷たく言い放つ。
「そんなコトにエネルギー使う必要ないんじゃないの? 今までだってシマジリ君、うまく逃げ回って来られたじゃん」
「あのさぁ……」俺はしっかと顔を上げた。
「いつまでも逃げてばっかも、いられないだろ?」
二人は「このチクワ麩は今口をきいたのだろうか?」みたいな目をして俺を見た。
そうだよ。俺、これ以上、逃げ切れるのか?
記憶にはまだ不確かな部分もあるにせよ、俺という魂の一部始終、それと身体感覚として残るスナのあれやこれや。どこを取ってもあまり良い部分はない。全体通してみると、どうも負け越しが多めな気、いやほとんどがドドメ色な敗北って気がしている。
俺はこれ以上、逃げ切ろうとするのか?
否!
俺はぐっとこぶしを握り、二人に向き合った。
「やってみようと思う、折角のチャンスなんだから」
協力してくれる? 俺は二人に向かって手を合わせた。ハナの
「いいよ」
とササラの
「いやよ」
がユニゾンで響き、二人は顔を見合わせる。
「お願いっ、ササラ~!」ハナも手を合わせた。
ササラ、ハナの影から俺の顔をみる。
俺は後ろからこっそり、手をマイクの形に握ってみせた。
ササラの頬にかあっと火がつく。
「……分かった。でも今回限りだからね」
ササラはハナと俺、特に俺に二.五倍(当社比)鋭い目線をくれて、カバンを武器のように担ぐと身を翻して大股で去っていく。暗がりにふわりと、甘い花の香りが漂った。
翌日の帰りがけにようやく
「な、なに」
正門から俺とは反対方向に出て行こうとしていたルモイを掴まえた。
当然のごとくスナと同じく彼女も帰宅部なので出が早い、正門近辺に人目が少ないのは助かった。
俺は脇のアパート陰に呼んで素早く聞く。
「何とかなりそうなアテがある、って言ったら一緒にチャレンジしてみる?」
俺のいつになく前のめりな雰囲気に呑まれたのか、彼女は「ぐ……」と蛙を潰したような音を一回発したきり後は黙ったまま上目で俺をじっと見た。
YESでもNOでもない。しかし
その目の中に一瞬の輝きをみた。俺はそれを信じる事にした。
「また連絡するから」
そう言い残し、後はふり向かずに家へと向かう。
帰りながら思う。あの瞳の中の煌めき。肯定的に取っちまったけど……
もしかしてホラーとか怨念系のエネルギーじゃあ、ないよな。
だったら俺は、更に夜道に気をつけなければ。
前門のササラ、後門のルモイ、脇を固めるセイギたち。
明日村の鍛冶屋に寄って甲冑買ってこよう。