2-2 生贄的な彼女と焚き木的な俺
クラス中が固まった。
俺はシャーペンを鼻の下からぼろりと落とし、あわてて周りを見回す。
集中のあまり寄り目にしていたせいか、周りの景色にちらちらと虹がかかってみえる。
スズキ・ウナギがニヤニヤとニコニコの微妙な位置で笑みをたたえながら半分立ち上がる。
「あ、いいと思いまーす、さんせー」
続けて、絶対あれはセイギだろう、「サンセー」と続ける声。
女子の中からも
「あ、いいかもー」
と無責任な声が上がり、何人かがお祭りめいた拍手と歓声を上げた。
クラス全員がそれに従っているわけではなく、ササラやハナ、それに数名かは明らかに不快な表情を浮かべていた。
ササラが立ち上がろうとした。
「なんで……」
そこに、また、えへんえへんとおかしな咳払いを浴びせるセイギたち。ササラ、真っ黒なデカイ瞳をぎろりとセイギに向ける。
「どうして急にタカヤマさんなんですか」
「あ、ササラ、自分が選ばれると思ったのぉ?」
ウナギが突拍子もない叫びをあげ、周囲がつられて笑う。
ササラは真っ赤になってすとん、と椅子に落ちた。隣の席にいた女子が
「セイギらなんてこの世の終わりがきても選ばれないし、ねえササラ~」と小声でササラを慰めている。
「おいオマエらなあ」
教卓で猫背気味にプリントの採点をしていたカネザキが急に背筋を伸ばす。
コイツはみているようで何にも見ちゃいねえ。
「うるさいぞ、もっと静かにやれ」そこかよ。
「タカヤマさんでいいと思いますー」
「さんせい」「えー」「何が得意だよ」「いいよ誰でも」
噂の本人は俺の隣のとなり。見ると、既に真っ赤に頬を染めてうつむいている。
前髪がばさりとかぶっているので表情までみえないが、少なくとも選ばれて喜んでいるようには到底みえない。膝の上にぷっくりとしたこぶしをにぎりしめ、ぷるぷるさせている。
しかし、反論はしないようだ、いや、できないのか。
今や、クラスの八割くらいに
「そーだそーだルモイにやらせろー」という空気が出来上がりつつある。
俺ははっと気がついてカラーフィルターをかけた。
虹色にちらついていた景色にはっきりとした色分けができる。
(ルモイ、よく思われてないのかな)
驚いたなあ、予想以上に好かれてねえんだな。
まあ、やや太め、つうかかなりのこってり体型にバサバサの黒くて長くて厚い髪、制服も何となくくたびれて靴下も下がり気味。あまり清潔感はないし、陰気なイメージ。
怒っていたササラでさえ、特に彼女のことに同情しているわけではないようで、すでに全然関係のない昨夜のドラマの話を隣の女子としているようだった。誰にでも優しげなハナでさえ、軽く自然な無関心さを漂わせている。
「でもさ、誰が『プロデュース』すんの?」
その声はキヨだ。そのとたんにまた、シーンとなる。
「あと、男子は誰がやんの?」
これはねちっこいアルト声。こないだ聞いたな、確か、アヤとかいう女子。
勉強はそこそこできて、ササラをライバル視しているのが、ここ数週間のクラスの様子でも見え見えだった。
シオリをいじめている連中のリーダー格でもあるらしい。
「キヨぉ、キヨがやれば?」
アヤが枝垂れかかるような口ぶりになる。キヨは、えーやだよ、と配慮のないでっかい声をあげる。これにも数人が反応して笑った。
まずい。
カラーフィルターには『この流れ、けっこうオモシロイかもしれないぞ』という濁った辛子色が目立ち始めている。目に沁みそうだ。誰かが無責任に叫んだ。
「男は、カネザキ、先生がいいと思いまっす!」
あー? だの、きゃー! だの怒号が飛び交う。カネザキが焦って立ち上がった。
「バカ、でるわけないだろ!」
なんでですかー? 呑気な質問がとぶ。キヨがはたと手を打って
「そーいやさ、おととしも二年生でミホコ先生出たよな」
新卒のキャワイイ女子(ごめん先生)がクラス一のイケメンとともに代表に立ったことがあったらしい。
「ミホコ先生はな、特別なの、何で俺が」
カネザキは真っ赤になりながら、手を振りまわす。
わーやれよー、クラスの辛子色ムードメーカーたちは今ではやんややんやとはやし立てている。
「んな、莫迦らしいことできるかぁ」
カネザキのその叫びで一瞬、クラスに沈黙が生まれた。
だがその次に飛んだセイギの言葉がこれ。
「だーかーらぁ、バカげたコトこそ『責任とります委員会』!!」
俺の上に、今カミナリが落ちた。