1-10 一難去ってオレ次男
「あーあースナちゃん、やっちまったねえ」
セイギと、ウナギ、それともう一人前髪の長いコナマイキそうな地黒が調理室の入り口から覗いている。
「スナちゃん、今度はハナっぺをくどいてんだ~?」
「やるやる、って聞いてたケド、ホントにねえ」
「サラダ作るだけじゃなくて、あっちの方も得意かなあ」
ハナが真っ赤になって大声を出す。
「別に、別にそんなんじゃないんだからねっ」
「そんなん?」ウナギが更に覗きこむ。
「そんなん、てどんなん? ねえ、どんなん?」
俺の体がまた小刻みに震えだした。まずい、ほんとヤバいな。
「あの」
声も震えている。まず「あの」から始めちゃいけないのに、せめて「あのさ」とか。
または「おいこらワレ」とか。これじゃあ「いぢめて」ってそのまんま言ってるも一緒じゃねえか。しかも今回は女子もいるし、どうすんだよ。言い直そう。
「あのね」
うーわうーわうーわもっとマズイ。アホか俺。そう、アホなんだよ仕方ないね。
既に戸口の三人は半身以上、中に入りかかっている。
セイギが言った。
「ハナ、どっか行け」
「何でよ」ハナがきっ、とにらむが、ヤツはしれっと答える。
「オメエには関係ないんだけど?」
「ハナノキさん」俺はハナの肩をつつく。「いいよ、ここの片付けはやっとくから」
えっでも、とハナが声を上げる。でも、すでに半歩ほど出口に向かっていた。
「だいじょうぶだいじょうぶ」ウナギがニヘラニヘラ笑っている。
「別によ、スナっちにちょびっと話があるだけだからさ」
「そうそ」セイギが真顔で言った。「オトコどうしの話ね」
「男同士……オトコってか。聞いてあきれるね」
思わず、つぶやいていた。えっ、誰が?
きょろきょろ……オレ? オレ? 俺かよ!!
誰もが立ちすくむ、むろん、俺も。
「……何か言った?」
優しい声色で、まず口をきったのがセイギ。後の二人はまだ顔をこわばらせている。
「いや」俺は首をぷるぷると横に振った。「な、なななななななにも」
「聞こえたぞ」
地黒が険悪な目を細めて調理室の中ほどまで入ってきた。『青島』と名札にある。クラスが違う、と思う。とにかく、俺のオトモダチじゃないことは確か。
「何かねえ……ア、キ、レ、ル、って」
セイギもつかつかと寄ってきた。ウナギは、ハナの脇にまで歩いてきて
「カネザキにもチクルなよ」ドスのきいた声でそう告げて彼女の腕を掴もうとした。
ハナはぱっと腕を引っこめてから下唇をかみしめたものの、誰とも目を合わせないように足早に調理室を後にした。
「さてと」
これはどうも、レタスサラダの御礼をしようという顔ではない。俺に害を加えようという禍々しい黒いオーラがこの三人から臭え屁のように漂ってきている。
「あのさ」
今ごろちゃんと言えても遅い、俺は調理室の後ろに追い詰められようとしている。三人は、はっきりと動き出した、俺という可愛いウサちゃんに向かって。
「おい、お前ら」
急に声がして、三人はがばっとふり返る。
な、なんとカネザキが戸口から顔を出していた。やったぜ、今日だけは何だかすげえカッコよく見える、ズラもまるでホンモノみたいにしっくりしてるぞ。
「何やってんだ、もう掃除の時間だぞ、あれ、何だ?」
「ああ、あのシマジリの片付け手伝おうと思って」急にセイギの声が中二に戻る。まるでどこぞの少年探偵みたいだな。
「そしたらスズキが皿、割っちゃって」
「したらシマジリがホウキ取ってくるって」ウナギが後ろの清掃用具庫を指さす。
「そうか、けがはなかったか」
「はい」
カネザキはつかつかと中に入ってきた。「シマジリ、これで片付け終わりか?」
「は、はい」
「なら後は先生がやっとく。ほらミヤモト、スズキ、あと……アオシマか、みんな掃除行けよ」
「は~い」
ばらばらと、ヤツらは散っていった。
「シマジリ」急に呼ばれて「はいっ」俺は跳び上がった。カネザキはホウキとチリトリを出しながら
「オマエも掃除の場所へ行け、ここは片付けるから」それからちょっと口角をあげて
「あのサラダ、美味かったぞ」
そう言って、親指を立てた。なんだコイツ、ナイスガイ気取ってやがる。たまーに見るよな、こーゆーヤツ。
「あ、ありがとうございます!」
こっちが恥ずかしいぞ、顔が真っ赤になる。俺は慌てて調理室を飛び出した。
ナイスガイはいいけど……あのズラ男、いじめには気づいてないんだろうか?
少し用心してあたりを見回すが、ヤツらの姿はすでに見えない。
とにかく、何とかこの場は助かったが……この先どうなることやら。