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美花と和美


 今日も仕事が終わって週末やったからオカンの店に帰りたくなって裏道へ入ろうと思ったら中学生位の女の子が道の脇でしゃがみ込んでいた。


こんな所で何をしているんだろうと思って私は声を掛けて聞いてみた。


「こんな時間に何してるん? 中学生やろ? 親が心配してるんちゃうか?」


すると彼女は何も言わずただ俯いたままでその場には気不味い空気が漂っていた。



 私の経験から考えると、これは家出に間違いないと思って、私はそのまま彼女を放っておけなくなってしまった。

私にもこの年頃には、色々と苦い経験があっただけに人事ではない気がして、ついつい彼女の前に私はしゃがみ込んでいた。

多分やけど、親と喧嘩でもして家を出て来たものの行く宛もなく途方に暮れていたんだろう。


「うちな? これからそこにあるオカンの店に行くんやけど、あんたも来るか?」


私が彼女の手を取って体を起こしながら聞いてやると黙って彼女は顔を上げて私の目を見て頷いていた。


 彼女の手を引きながら私は店の戸を開けた。


「オカン! ただいま~お腹空いたー!」


私がいつものセリフで店の暖簾をくぐるとまだ早い時間やったからカウンター席にこうちゃんと宗ちゃんが居るだけやった。


「おかえり~! 美花ちゃん今日もお疲れさん!」


いつもと変わらずカウンターの向こうからオカンが笑顔で迎えてくれた。


「今日はえらい可愛らしいお連れさん連れてどないしたん?」


オカンはカウンターから出て来て私が連れて来た彼女に興味津々やった。


「そうや! 名前聞いてなかったわ! あんたの名前なんて言うん?」

「和美です。中学二年です。苗字も言うた方が良いですか?」


座敷の席に座りながら私が聞くと彼女は小さな声でぼそぼそっと答えるとまたすぐに俯いてしまった。


私もオカンも顔を見合わせて笑いながら別にええよと言ってやった。

オカンに温かいお茶と今日の夜の定食を2つ頼んでから私は和美に聞いてみた。


「それで? 何であんなとこに一人で居たんや? 絶対怒らへんから言うてみ?」


すると今度は観念したのか私を信用してくれたのか?


「実は……。私のお父さんを探していたんです」


ゆっくりと顔を上げると和美は真面目な顔で答えていた。


私が驚いて和美が親と喧嘩をして、家出をして来たんやと勝手に思い込んでいたと、自分の間違いを笑っていたら


「家出をしたのはお父さんです。もう一週間も帰って来ないから心配になって探してたんです。お母さんは仕事で海外やからすぐには家に帰って来られへんし……。ううう」


かなり心細い思いをしていたようで和美は声を殺して泣き出してしまった。


とにかくお腹が空いてるやろ? と私とオカンで和美を宥めすかして夜の定食を一緒に食べてから父親の事はゆっくり話を聞くことにした。


 オカンは和美に、美味しいもん食べたら良い知恵が浮かぶからと、常連でも滅多に食べれない手作りのイチゴのシャーベットを出してくれた。和美は、定食もシャーベットも美味しそうに全部綺麗に平らげてしまった。


さっきから、聞き耳を立てていたこうちゃんと宗ちゃんも座敷に来てくれて、俺らも一緒に父親を探したると言って和美を元気付けてくれた。


空腹も満たされて、事情を話してくれる気になった和美は、事の次第を語り出した。


「うちの家は、お母さんとお父さんと私の三人家族なんですけど、お母さんは何処とは言えないんですが、会社の社長で半年前から海外へ出張中で、家にはお父さんと私だけで暮らしてます。昼間は、家政婦さんが来てくれて、家事全般をやってくれてます。お父さんは、お母さんの会社の役員ですが、それは名ばかりでほとんど家に居て、パソコンの前にずっと座って何かしてるんです」


和美は、話の途中で一息ついて、苦笑いしながらまた話を続けた。


「丁度一週間前なんですけど、お父さんにお母さんから電話があったみたいで、話の内容は良くわからないんですけど、大人しいお父さんがふざけるな! って怒鳴ってて……。その後に家を出て行ったまま帰って来なくなったんです」


そこまで話すと和美はまた俯いてしまった。


そして父親が出て行ったまま一週間も帰って来なくて、心配になった和美は、心当たりを手当たり次第に必死になって探していて、それでも見つからんから途方に暮れて座り込んでいた所を、私に声を掛けられてここへ来たと言う訳やね。


 和美がこの辺りを探していたのは、父親がインターネットで、この辺りのビジネスホテルを検索した履歴を残していたからこの辺りを探せば見つかると思っていたらしい。


「それで? ホテルは確認してみた?」

「それが……。泊まっていなかったんです」


オカンに聞かれて、首を振りながら答えてる和美は不安で一杯の顔をして、今すぐにでもまた泣き出しそうやった。


そして、話し込んでる内に、何時の間にか店の中は常連客でいっぱいになっていた。


「父親の写真とか写メとか無いの?」


話を一緒に聞いていた宗ちゃんが、和美に聞くと、和美は持っていたスマホを出して、これでわかります? と家族三人で写ってる画像を見せてくれた。


「ちょっと待って! マジで? これが父親? めっちゃ若いんちゃう? それとも童顔なん? それとも義理の父親とか?」


目の前に差し出された画像を見て、私は思わず声を上げてしまった。


だって、どう見ても二十代前半にしか見えへんジャニーズ系のイケメンやったから、私が想像してた父親とは程遠すぎて驚いてしまった。


「童顔なんです。それでも三十五歳なんですけどね。最近は一緒に歩いてたら、兄妹とか恋人同士に良く間違われて困ってます」


和美は凄く慣れた様子で笑って答えていた。


「これ! 皆にちょっと見せて、誰か知らんか聞いてみて!」


私は、スマホをこうちゃんに渡して、客全員に父親を見かけた人がおらんか聞いて貰った。


すると、オネエのお店『ローズマリー』の亞夜子ママが、三日前に常連のお客さんと一緒に亞夜子ママのお店に来ていたのをめっちゃイケメンだったから憶えていると教えてくれた。


 和美の父親が一緒に居たのは、男の人で高田さんというフリーのプロのカメラマンらしい。


「ちらっとだけ聞こえて来たんやけどな? 高田ちゃんのマンションに転がり込んでるようなことを話してたんよ! だから二人はてっきり恋人同士なんやと思って凄いショックやったから余計憶えてるのよ~!」


亞夜子ママは溜め息を吐いてからその時の様子を話してくれていた。


「まさか彼が結婚してて、こんなに大きい娘までおるようには見えなかったものね~」


ちらっと横目で和美を見て、苦笑いをしながらもバックの中からママはスマホを取り出していた。


「高田ちゃんの番号知ってるから、電話して呼び出してみる?」


 和美に向かってスマホを差し出して、亞夜子ママがどうするかを聞いて来た。


和美が亞夜子ママに返事をする前に、この店にいる皆が和美の父親探しで盛り上がってしまっていたので、すぐに電話して高田さんという人を呼び出してもらう事に決まった。


亞夜子ママが電話をすると、すぐに高田さんが出て、丁度近くで飲んでいる最中らしくてママが誘うと、すぐにオカンの店まで来てくれることになって皆は物凄く盛り上がっていた。


高田さんは、和美の父親と一緒に飲んでるようだと亞夜子ママが面白そうにニヤッと笑って教えてくれた。


(一週間も中学生の娘を一人置いて何をやっていたんだか? 呆れた父親やわ)


それでも、和美は全然父親を怒っている様子は無くて、逆に無事で良かったと喜んでいる。出来た子供もおるもんやと感心していると、店の戸が開いて高田さんと和美の父親が入って来た。


「おかえり~!待ってたよ~」


オカンは、すました笑顔で普段通り二人を迎え入れていた。


 そして入って来た父親は、和美がおることに気がついて驚いて動きが止まった。


洋祐ようすけ! 何処行っとったん? 心配してんで!」


和美が立ち上がって父親に向かって叫んでいた。


(自分の父親を洋祐て……。なんか笑える)


なんて心の中で思いつつ、私も立ち上がって


「和美ちゃんのお父さんには、皆にわかるようになんで和美ちゃんを放ったまま家を出たのか事情を話してもらいます」


私は、逃げられへんように父親を和美の前に座らせた。


父親の洋祐さんは、観念したようで、皆に頭をペコペコ下げていた。


「和ちゃんごめんな! 俺、もう一度フリーでカメラやろう思って、高田さんに相談しとったんや!」


洋祐さんは、申し訳無さそうに和美にも、頭を何度も下げていた。


「ちゃんと決まったら、和ちゃんにも話そうって思ってたんやけど、なんか和ちゃんにも馬鹿にされたらどうしよう思って言えんかったんや!」


少し俯いて拳を握りしめて洋祐さんは、苦笑いしていた。


「別に馬鹿にしたりなんかしいひんで! 洋祐には洋祐の生き方があるんやし冴子さえこちゃんもその内きっとわかってくれると思う」


和美は、中学生とは思えない大人びた口調で自分の父親を宥めていた。


 

洋祐さんは、仕事で行ったロンドンの街で、和美の母親と出会ったその日に恋に落ちて、その半年後に結婚して和美が生まれて洋祐さんは、カメラマンを辞めて会社の役員になり、洋祐さんがほとんど和美の世話をしていた。

しかし、最近になって自分が撮った写真が、賞を貰って仕事の依頼も来るようになっていたので、そろそろ復帰したいと和美の母親に話したら、馬鹿にされて相手にしてくれなかったので、頭に来て家を飛び出してしまったらしい。


洋祐さんは私と皆にお礼を言うと一度家に和美と帰る事にすると言って高田さんにも頭を下げていた。


「それにしても和美ちゃんは、しっかり者やね。洋祐さんは幸せ者やん!」


オカンが和美の頭を優しく撫でると、洋祐さんを見てニィっと笑った。


「いつでも、オカンの店に帰って来たらええからな!待ってるで!」


そして、オカンは和美の耳元でそうっと優しく囁いてもう一度ニィっと笑った。


昔々中学生だった頃の私に言ってくれたように。


2014年10月11日修正しました。

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