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誕生日

作者: 幾乃 葉

 自分の席で授業の準備をしていると、紗希はとんとんと肩を叩かれた。

 ……誰?

 紗希は後ろを振り向くが、そこには誰もいない。

 頭の上に『?』が浮かんで、それが消える前に、

「紗希、おはよう」

 反対側の肩越しに声をかけられた。

 くるりと振り返ると、そこには今度こそ、美佳が立っていた。爽やかな風が教室を通って、さらりと美佳の長くまっすぐな髪を撫でる。

 おはよ、と紗希が返すと美佳は手に持っていた包みを差し出した。

「誕生日おめでとう」

 笑顔とともに、穏やかな声が降ってくる。紗希が受けとったそれは、大きくもなくすっぽりと手の中に収まった。

 淡いクリーム色の、手触りのあたたかい包装紙に、橙色の細いリボンがかけられている。

「ありがとう! 開けてみてもいい?」

 美佳の照れくさそうな笑顔を肯定と受けとり、紗希はさっそくリボンをほどきにかかった。

 中から出てきたのは、髪留め。透き通るような飴色に、パステルカラーで流紋が描かれている。

 ほぅ、と紗希の口から吐息がこぼれた。

「綺麗……」

 紗希が思わず呟いたとたんに、美佳の表情が輝いた。

「本当?」

 花が咲いた、という表現がよく似合うような笑顔に、紗希もつられてうなずく。

 やはり美佳は、────すごく綺麗に笑う、ひとだ。

 少しでも長く笑顔でいてくれるのなら、と紗希は髪留めをつけようと思った。後ろ手に髪をまとめようとしたとき、紗希の髪は細くなめらかな指にすくいとられた。

 一瞬、ふわ、とかすかにいい香りがした。

 美佳はすぐにしばることはせず、ポケットから櫛を取り出し、肩口までの髪を梳かしはじめる。紗希はされるがままになっていたが、やがて口を開いた。

「私、今日でひとつ大人になったはずなのに、美佳のほうがよっぽど大人っぽいよね」

 櫛を動かす美佳の手が、一瞬止まる。

「どういうこと?」

 純粋な疑問と、訝しさが混ざった声色だった。

 ──だって美佳も、この髪留めも、大人っぽくて素敵なのに。

 美佳には顔を見られないのをいいことに、紗希は口をとがらせてみる。

「美佳のほうが、着実に大人になっていくというか……」

 なんだか、ちゃんと上手に年を重ねている感じ、と紗希は呟いた。美佳は黙ったまま、再び紗希の髪を梳かす。

 うらやましいな、とため息とともに吐き出した言葉は、二人の間に沈黙を残して消えた。

 紗希の髪をあらかた梳かし終えると、美佳はゴムを手に取り、わずかに癖のある髪をまとめはじめた。

 まるでそれが合図だったかのように、美佳は口を開いた。

「……紗希のほうが上手に年をとってると思う」

 むしろ紗希のほうが高校生らしくて素敵だよ、と言った声音は柔らかだった。

 そうかな、と紗希が呟く。

 そうだよ、という声が優しく耳朶を打った。

「紗希を見てるとね、あぁ、『今』を最大限楽しんで生きてるんだな、っていつも思うの」

 髪ゴムをしばり終えた美佳に、紗希は髪留めを手渡す。

「確かに楽しいけれど、私は、ただ単に無我夢中なだけの気がして」

 髪留めを受け取りながら、しかし、美佳は優しく言った。

「そんなことないよ、」

 ──紗希といるだけで、私も元気になれる。

 美佳が微笑んでいることくらい、わざわざ振り返らずとも紗希にはわかった。

「いや、そんないきなり言われても…………照れるから」

 美佳は、わずかに赤面した紗希の顔をのぞき込み、くすっと笑った。

「私だってたまには言うよ? せっかく誕生日なんだもの」

 髪留めできたよ、と言って美佳は紗希の正面に回り込んだ。それから腕を伸ばし、髪留めの位置を調整する。

「美佳はやっぱ、大人っぽくて素敵だと思うよ」

 その姿を見て、紗希がためらいながら告げる。そう? と腕を伸ばしたまま、美佳は首をかしげた。

 紗希がうなずくと、美佳は首と腕を戻して、呟いた。

「────うん。似合う」

 その一言が、髪留めを指すものだと紗希が理解するまでに、若干の時間を要することとなった。

 沈黙が再び訪れる。

「…………それ、選んだ自分が言う?」

 数秒の静寂ののち、二人は同時に吹き出した。

 美佳、と紗希が名を呼ぶ。

 そして、

「ありがとう」

 紗希はその言葉に、心からの笑顔を添える。

 一瞬目を見開いたものの、美佳もすぐ笑顔になった。

「気にしないで、私がこうしたかっただけだから」

 たいしたことない髪留めひとつでごめんね、と言いつつも美佳は自信ありげに続けた。

 ──でも、誕生日は祝うものでしょう?

 ね、と美佳は同意を求める。曖昧に笑いながら紗希がうなずいたのを見て、満足そうに微笑んだ。

 一呼吸分、言葉のない時間が過ぎる。

 ふと紗希が顔を上げると、口を開きかけた美佳と目が合った。その目が楽しげに細くなる。

「紗希、せっかくなら鏡でも見てこない?」

 そして突然そう言ったかと思うと、美佳は教室のドアへ向かって踊るように一歩を踏み出した。

 紗希も慌てて立ち上がりながら、心の中で呟いた。


 その言葉だけでも、充分に祝ってもらってるよ。


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