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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

今度は幸せに

作者: 東風になりきれない春
掲載日:2013/08/13

あの子が今日も幸せでいられますように。

あたしはお父ちゃんの顔を知らない。

あたしと弟がちっちゃいときに、お国のために遠いところへ戦いに行ったらしい。

お母ちゃんはいつも忙しそうに畑仕事してて、近所のおっちゃんもおばちゃんも遊んでくれない。


つまんない。


そのくせ弟の世話はあたしに押し付けて、夜になるとどっか行くんだ。

朝には帰ってきて、お米とか古着とか増えてるから仕事してるんだろうとは思うけど。

あたしだって自由に外に出たい。


ずるい。


「ねえちゃ」

弟があたしを呼ぶ。

面倒をかける弟。でも嫌いじゃない。

だって、大人はみんな忙しそうで。子どもはどんどん死んでくなかで、この子だけはあたしの傍でいてくれる。

だから優しい姉でいられる。


「なぁに?もう日も暮れちまうし、帰んないとお母ちゃんに叱られるよ」

あたしは弟と手をつなぎながら、田んぼのあぜ道を歩いていた。

夕日で空が真っ赤に染まって、火事みたいで嫌だなと思った。

ぼんやりしていると弟があたしの手をひいて、夕日から視線をそらす。


「ねえちゃ、あれ」

弟の視線の先には、小さな黒い影。

赤く染まった雲のあいだをすうっとよぎった。

あたしはビクリと体が硬直して動けなくなった。

あれは・・・あれは・・・。


ウーウーウー!!!!


かーんかーんかーん!!!!


村の家が密集してるあたりから、けたたましい警報と鐘を打ち鳴らす耳障りな音が響いてくる。

お母ちゃんが言ってた。

この音が聞こえたら、すぐに頭巾をかぶって地下の洞にもぐりなさい。

どこの家でもいいから駆け込んで、助けてもらいなさい。


でも、ここは田んぼのど真ん中。

一番近い村の家まで走っても、あの黒い影から怖いものが落ちてくるのに間に合わない距離だ。


「ねえ・・・ちゃ」

弟があたしを呼ぶ。

不安そうな目。その瞳にうつるあたしも不安で、泣きそうな顔をしていた。

でも、あたしは弟を守らなきゃいけない。

おねえちゃんだから!


あたしは弟の体を田んぼに突き落として、自分も飛び込んだ。

水をひいたばかりなのか、泥がいっぱいで、逃げ遅れたおたまじゃくしが跳ねた。


「ねえちゃ?なに?」

「いいから。こうして、こうやって、泥で体をおおって田んぼに伏せてな」

あたしは弟にどろをこすりつけ、自分にもまんべんなく泥を塗りつけて、田んぼのぬかるみに倒れ込んだ。

直後にドン!と地響き。

心臓がきゅうっと縮まる思いがした。

必死で弟を抱きしめて、泣きそうになるのをこらえた。


あれは悪い国の悪い飛行機。

あれは怖い爆弾。

あれは近所のおっちゃんもおばちゃんも、あたしの友達もみんな殺したやつ。


がたがた震える体をおさえようとしても、どうにもできなかった。

弟はわけがわからないなりに、動いちゃいけないと思ったのかあたしに抱きついたまま、ぎゅうっと目を閉じている。


かあっとまぶたの裏が真っ赤に染まった。

はっと顔をあげると、集落が燃えていた。

燃えていない家はひとつもなくて、すきまで真っ黒な人影が踊っていた。

悲鳴なんて聞こえるはずのない距離なのに、「死にたくない」という声を聞いた気がした。


ああ。

お母ちゃんはもう手遅れだ。

あんな中で生きていられるはずない。


なんだか自分でも驚くくらい冷たい気持ちで母の死を受け止めた。

あまり構ってもらった記憶はなくても、それなりに愛されていたはずなのに。

今までいっぱいいっぱい大切な人たちが死んでいくのを見すぎたせいなのかもしれない。

心が冷たく凍りそうだ。


ふと胸元でぐすぐすと鳴き声が聞こえた。

弟だ。

鼻水だらけの汚い顔を、あたしの服にこすりつけて泣いている。

普段なら怒ってるけど、今はこのぬくもりがありがたかった。


あたしは村から視線をめぐらせて、遠くあぜ道の先を見た。

すっかり日が沈んでよく見えないけれど、その先には隣村と合同で建てた集会所があったはず。

山の中腹にあるから、木々にかくれていて空からは見つけにくいらしい。

いざというときは避難するように、周りの大人たちが口を酸っぱくして言ってたから間違いない。


あたしは弟の顔を乱暴に手でぬぐった。

泥のついた手で触ったから、あっというまに弟の顔面が真っ黒になった。

その間抜け面がおかしくて、こんな状況なのにあたしは笑って言えた。


「ねえちゃんが助けてあげる。ぜったいぜったい守ってあげるからね」

「・・・うん」

弟はまだ泣いていたけど、なんとか頷いてくれた。


あたしたちはまだ空の上にいるかもしれない悪いやつに見つからないように、田んぼの泥のなかを虫のように這って移動した。

泥が口の中に入って、苦いようなしょっぱいような、少し甘い不思議な後味がした。


背後の燃え盛る集落は振り返らなかった。






その集会所についたとき、お月さまが夜空のてっぺんにあった。

弟はとっくに力尽きて、あたしの背におぶわれて寝ている。

あたしもくじけそうになる気持ちを奮い立たせて、一歩一歩集会所の扉に近づいた。

扉の前には鋤を持った怖い顔をしたおっちゃんが立って、こちらを胡散臭そうに見ている。


「おまえら、どっから来た」

低い脅すような声にびくりと体がひきつる。

震える声帯でなんとか言葉を絞り出した。


「あっちの。あっちの東の村。夕方、燃えた」

「東の村の子か。おまえらだけか」

「うん。ほかの人はわからない。ねえ、おっちゃん。入れてよ。ここ、避難する建物なんでしょ?」

おっちゃんは難しい表情でしばらく黙った。

あたしは弟を揺すりあげて、抱え直しながらすがるように「お願い。お願いします」と繰り返し言った。


おっちゃんは「ちょっと待ってな」と言い置いて、扉を半分開けて中に首を突っ込んだ。

すぐそこに誰かいるのか会話している。


「食料が・・・」とか。

「子どもじゃ・・・」とか。

「かわいそうでも・・・」とか聞こえる。


断られるんだろうか。

あたしはここはみんなの避難場所なのに、と思ってから、ふと気づいた。

あたしの村の人間はたぶんほとんど死んだ。

つまりここに避難してきてるのは、隣村の人たちだけ。

それって、この建物を隣村の人たちが独り占めしてて、あたし達は厄介者ってことじゃないかと。


目の前が真っ暗になった。

どうしよう。

どうしよう。

弟だけでも助けてもらおうか。この子は小さいから、まだそんなに食べ物いらないし。

でもそれも駄目って言われたらどうしよう。

どうしよう。

どうしよう。


永遠にも思えた時間がすぎた。

鋤を持ったおっちゃんがゆっくり扉を全開にした。

その奥には鋭い目をしたおじいちゃんと、困り顔のおばちゃんが立っている。

おじいちゃんが低い声であたしに言った。


「騒いではならん。村のもんに迷惑かけてもならん。食べもんはわけたるけぇど、それ以上はやらん。部屋のすみでじっとしてられるか?できるなら、入ってもええ」


いつの間にか起きていた弟がぎゅうっとあたしの背中にしがみついた。

あたしははっきり頷いて、扉の中に入った。





建物の中はいくつかの小部屋と、ひとつの大部屋。あとは簡単な炊事洗濯ができる場所があった。

あたしたちは大部屋の廊下側、扉のすぐ脇のすみで小さくなってお互いを抱きしめ合った。

隣村といっても、集落からあまり出たことのないあたしにとっては、ほとんど知らない人ばかりだ。

無遠慮な視線が怖かった。

厄介者、と面と向かって言われていないだけで、こそこそと噂話が聞こえる。

それらから逃げ出すためにお互いを抱きしめるしかなかったのだ。


どれくらい時間がたっただろう。

まだ外は暗いまま。

でも何か違和感を感じて、窓の外を見た。


赤い。

まるで、夕日の、あの燃えるような。


「あ・・・」

のどがひゅっと鳴った。

大人たちも気づいて騒ぎ出した。


「敵機だ!」

「なんでこんなとこに!?」

「うあぁああん!」

「泣くんじゃないよ!!」

「うるせぇ!ガキは黙らせろ!死ぬぞ!」


弟のまぶたがひくひくと動くのが視界の端に見えた。

口が大きく開く。

だめだ、止めなくちゃ。

そう思うのに、間に合わなかった。


「ぎゃあああああああああああああん!!」

弟は集会所にいた誰よりも大きな声で泣き喚いた。

ほんとはずっと泣きたかったに違いない。

だって、泣き虫であたしの後を雛鳥みたいについてくることしかできない子だから。

もう限界だったのはわかるけど、これはいけないと思った。

ぎゅっと抱きしめて、声がもれないように弟の頭を抱えた。


「だいじょうぶ!だいじょうぶ!ねえちゃんがついてる!」

「うええええええぇん!!」

弟は泣き止まない。

赤い炎も、空からやってくる怖い爆弾も止まらない。

集会所にいた隣村の人たちの視線が突き刺さった。


誰が最初に言ったのか。


「出てけ」


たった三文字の言葉は、あっという間に集会所にいた人たちの意思みたいになって、あたし達に降り注いだ。


「出てけよ!」

「お前らがあとをつけられたんじゃないのか!」

「もうやだ!なんでうちの村の人じゃないのに!」


そのうちの一人が大きな角材みたいなものを持って、あたし達に近づいてきた。


「これ以上騒いだら殺す!殺すからな!」


ふりあげる。

とんがった角が赤い炎に照らされて、血に染まって見えた。

あたしはただただ小さくなって災いを回避しようと、弟を抱きかかえようとした。

その手がするりと抜ける。


「えっ」

弟は震えて力の入らないあたしの腕から落ちて、床に座り込んでいた。そして、角材を振り上げた男を見て、あたしを見て。

燃える森を見て。

涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、扉を開け放って廊下を駆け出した。


これには角材を振り上げていた男の人も、周りの人たちも一瞬虚をつかれたような顔をした。

あたしはそんな大人たちに、あんた達がおどかしさえしなければ弟だって騒がなかったのに!と悪態をつきながら、すぐさま弟を追いかけた。


廊下に出たのはいいけれど、弟の姿は暗闇に紛れてどこへ行ったのか見当もつかない。

とにかく探さなくちゃ。

あたしが守らなくちゃ。

おねえちゃんなんだから。

そんな言葉がぐるぐると頭の中を回って、途中で鋤を持った男の人が「てめえらのせいで!」と襲いかかってきたのも、遠い世界の出来事のように思えた。

上段から振り下ろされた鋤の一撃を下からかいくぐって、もうその直後には命の危険があったことなんて忘れて弟の姿を探し求めた。

後ろからかかる意味不明の罵詈雑言も、雑音にしか聞こえない。

今思い返せば、あたしもたいがい混乱していたんだと思う。


そう。

今思い返せば。


このすぐあと。

窓を突き破る閃光を最後に、あたしの意識は途切れた。





あたしは『私』になった。

生まれ変わったというやつだろうか。

このことを夢で見て、はっきり思い出したのは小学生の頃。

戦時中の体験学習ってやつで、当時の食事を再現した給食を食べた夜のことだった。


あたしはあの時、爆撃されて死んだのだろう。

そして『私』になって、今、あのときの弟を探している。


なんとなくあの子もこの時代に生まれ変わっている気がするから。

あくまで勘だし、根拠もなにもないけれど。

探さなくちゃって思う。

探し出して、もう大丈夫って抱きしめて。

あのときはちゃんと守れなくてごめんねって謝る。

あの子がなにも覚えていないなら、見守るだけでもいい。


今度は幸せに。






【余談】

当時の生活も思い出して思った。

芋のつるマジうめぇ。

なぜ現代にあれが受け継がれなかったのか。

解せぬ。


とりあえず芋つる食いたい。

おなかいっぱいなら幸せだよ!

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