旅の目的
旅に出なければならなかった。太陽が壊れてからこの方、辻褄の合わないことばかり。
生ある者は壊れていったのだ。
雲模様に浮かぶ水面の斑紋。
輪は繋がり二重となり三重となる。
空の鉛を吸い込むように曇った暗色の水溜まりは、濁りきった世界を映し出す。
「だから、」
「花は枯れてしまったんだ。」
「雲母に混ざる煌めきの欠片は露となり土となる。」
崖を越えて、沼に足を突っ込み駆け回る。厚い霧が大気を白く染め視界を遮る。
黒い岩、濁った水、その合間を音もなく這いずる軟体生物の群れが渡るのが見えた。
「探しに行かなければ見つけることができない。」
「青い空ってあるの?」
童の問い。
「かつて空は青かった。それは昔の話。霧とガスが大気を包み、三色の空は見えなくなった。」
「漆黒に冴える銀河をたたえた夜空。天の中央にて陽が輝き空を青に照らした真昼。燃える夕刻の赤。」
「今や人工の壊れた太陽の下。
灰色模様の空の内、喪われた摂理と共に沈む事をよしとせず泥水を啜り生きている。」
童が笑う。のっぺりとした目も鼻もない顔。赤い唇を吊り上げて、舌も歯もない黒い口腔を見せて話す。
「探しに行くの?」
「そうとも。空を取り戻すために。」
「さよなら。」
「さよなら。」
私は別れを済ます。沼の中に浮く巨大な岩の上で童が赤い唇を閉じて、カンラカンラと下駄を鳴らした。
赤いおべべがあたしゃ好き
青いおべべがあたしゃ好き
おっかさんもおっとさんもおべべになった
だからあたしゃおべべが好き
人の殻を抜け出した妖魔は唱う。
私は頭を振って旅を再開した。人工の太陽を壊しに行かなければならない。人の形をしたものに会ったのは、懐中時計を七回巻いた以来だった。
「赤いおべべがあたしゃ好き か。」私の服は褐色だった。時たま暗色の赤に変わる時もある。しかし、私の服は褐色に塗りつぶされる。少し、赤と青の服を大事に抱える童が羨ましくなった。