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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

叶えて欲しい、願いはなぁに?

請い願う

作者: 石榴

はじめまして。

未熟ながら初投稿します。

読んで頂けましたら幸いです。

ふと。目があった。

そんな気が、した。



いつもより早く会社を出られたから。

なんとなく気が向いたから。

今年初めて桜が咲いてるのに気付いたから。

春が来たから。



…どれも正解なようで違うようで。

分かっていることはいつもとは違う道を選んだら、出会った。

それだけ。



**********



「良いものだよ」

出し抜けに横合いからかけられた声に、女は反射的に振り向いた。

狭い店内の暗い通路と外の境界線上にちんまりとした老婆が立っていた。


「おや。驚かせたようだね」

口の端をにっと笑みに歪ませて、すまないね、と続けた。

その口調がちっともすまなそうではなく、強かそうな外見から連想する性根とさほどの違いはなさそうな老婆だった。

「良いものだよ」

もう一度老婆は同じ言葉を繰り返して、じっと女を見上げた。

女はその強い瞳に射殺されそうな恐怖を覚え、ぶるり、と身体を震わせた。

「……あ、の」

何か言わなければ、と女は無意識に言葉を紡ごうとしたが、からからに乾上がっていた喉に絡まって上手く口から落ちてくれなかった。

「あんたはこれに呼ばれたんだ。何も考える必要はないよ」

「よ、ばれた?」


「呼ばれただろ?目があった、とかそんな風にでも思ったんじゃないかい?」

何でも無いことのようにさらりと言った老婆の言葉に驚き、女は思わず息を呑み、ひゅ、と喉が鳴った。

「ど…して」

「そういうモノだからさ」

「九十九神みたいに魂が宿ってるとかバカな事は言わないわよ」

第一これ、新しいもの


不意に華やいだ女性の声が割り込み、目の前の暗がりの中からまるで滲み出るようにその姿が浮かび上がった。

声に見合った華やかで匂い立つような、文句無く美女、と呼べる容姿だった。

服装は地味な黒ずくめなスーツ姿。

短いタイトスカートから伸びる黒ストッキングに包まれた適度に脂肪がついた形の良い足にはこちらも黒のピンヒール。

凹凸の落差の激しい上半身につけているジャケットも黒ならインナーまで黒。

口紅まで黒。

ついでに長く形良く整えられた爪も黒。

唯一肌だけがまるでビスクドールのような、なめらかな白色をしていた。



女は、唐突な出現に驚きながらも頭の中の冷静な部分でその黒ずくめの女性をつぶさに観察していた。

それに気付き、老婆の時には動かなかった無意識の行動に、厭な性格の女だと、そう思った。



モヤモヤを吐き出すように小さく息を吐いて、ゆっくりと美女から僅かに視線を逸らすと、意識が逸れたおかげで店内の様子が初めて視界に映る…いや。写っていたのに気付く。

二畳有るか無いか位の狭い空間の中、品物がごちゃごちゃ並べられていた。

所狭しと無造作に詰め込まれたように見える。

そんな中の僅かな隙間に申し訳程度に作られた移動の為の空間は、細身の人間でも気をつけ無いと身動きが取れなくなりそうな幅しかなさそうに見える。

小さく萎びたような老婆なら苦もなく通れるようだし、美女も慣れたように店の奥から現れたから、見た目よりは広いのかもしれないが。

これで良いのかと内心首を傾げる程だった。


引き寄せられた品物は店先に有り、通路を歩く必要か無かったのは幸いだと、女は思った。


果たして自分がここを通れるのか。


ふとそう思った女は、次の瞬間、嫌そうに眉をしかめてその思考を振り払った。

思っただけで嫌な気分が胸の内に広がる。



「貴女なら通れるわ。大丈夫」

まるで思考を読まれたかのようなタイミングで言葉が届き、ぎくり、と通路に向けていた目を声の主に向けた。

「うふふ。心が読める訳じゃないから安心して?」

媚を含んでいる訳ではないのに甘い声で美女が悪戯っぽく笑いながらそう言った。


要するに顔に出ていた、と言いたいらしい事に気付き、女は仕方無しな笑みを顔に載せた。

視線が自然に下向いた。


そう言われるのは慣れている。

そのせいでイヤな目に合うのも。

どうしたって顔に出てしまうんだから。

どうにもならないんだから。


「そう、ですか」

「厭な事を思い出させたみたいね、ごめんなさい?」

耳元で艶やかな声が囁かれ、女の背筋がぞくり、と震えた。

弾かれたように視線を上げると、美女が女の直ぐ傍に立っていた。

先程の出現と言い、余りの移動の素早さに言葉も出ない程に驚いた。

美女は艶やかに笑むと、ゆっくりと女の耳元に唇を近づけた。

「嘆く事は無いのよ。貴女はこれに呼ばれた。応えれば、良いの」

同性だと言うのに、その声は抗い難い程の引力を持っていた。

異性ならば、抵抗する術もなく絡め取られるんだろうな、と僅かに残る理性が告げる。

「こたえたら…どうなる、と?」

無理矢理喉の奥から言葉を吐き出すと、老婆が心底楽しそうな笑みを浮かべた。

「素晴らしいね。まだ抵抗する理性が残ってるよ。久しぶりに良いものに出会った」

「うふふ。そうね。強い心は大好きよ。…気に入ったわ」

美女はそう言うと、すっと屈んで足元の品物を手に取った。

品物を掴んだのとは反対の手で女の手を掴むと、その手の平の上に載せ、じっと女の瞳を覗き込んだ。

「貴女の大切な人にお渡しなさい。

そうすればこれが貴女の、知りたいことを教えてくれるわ」

「知りたい、こと…」

「そう。二人の未来が有るのか。…知りたいんでしょう?」

「知り、たい」

女は、瞳を逸らせないままゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡いでいく美女を見つめながら、おうむ返しのように言葉を繰り返した。

「これは知りたいと()うた問いに応えるもの。その願いを持つ魂を引き寄せるもの。そして叶えるもの」

さぁ、と促すように言われ、女は膜がかかったようなとろり、とした瞳を自分の手の平に向け、一度コクリと頷いた。

そうして、出来の悪い操り師に繰られた人形のようにぎこちない足取りで何も言わないまま歩き出した。

「うふふ。()うてしまえばそれは現実になる。未来が幾つあったとしても、ソレの言葉が現実となるわ。見料と見合うかどうかよぅく考えるといいわ…うふふ。そんな自我はもう無いでしょうけど」

華やかな声がその背にかけられる。

たっぷりと悪意をまぶした極上の艶が込められた、声が。


けれど、女の耳には最早届いていなかった。



**********



何処をどう通ったか思い出せないけれど、気付いたら玄関の前に立っていた。

「……わたし」

呼鈴を鳴らし、開けられたドアの向こうにするりと入る身体は、まるで他人のもののようだった。

「どうしたんだ、急に?」

「ふふ。たまには、良いでしょう?」

鏡を見ているわけではないのに、自分の唇がグロスを塗ったように艶めいて誘っているのが見える。

「…佐紀?」

声も態度も戸惑っているのがあからさまにわかる。

それでも彼は、蜜に引き寄せられた蝶々のように無防備に問いかけ、私の身体を引き寄せる。

いいえ、私が糸を絡めて引き寄せたのかしら。憐れなてふてふ。


事前の約束がない日に此処に来るのも、質問をはぐらかし、瞳を見据えて笑うのも、今までしたことも無かった。

そんなこと、出来ないと思っていたし。


どうして今こんなことしてるのかしら?

どうしようと言うんだろう…?



自分の身体の筈なのに、自分の身体じゃないみたいだった。

動いている自分と、そしてそれを背後から見ている二重写しの自分が同時に存在しているような気分。


不思議に気分が高揚している。

じぃっと彼の瞳を見つめながら唇で笑む。

「あのね。これ」


言いながら手の中で握り締めたそれをゆっくりと彼の目の前に(かざ)した。

深紅の楕円に近い形をした宝石(いし)。一目見てまるで心臓のようだと、すぐに連想した、形。

血が(こご)ったような黒みのある緋。

ここに来るまで握り締めていた筈なのに凍りついたようにひいやりとしたままの、心奪われる宝玉。


「キレイでしょう?」


うふふ、と笑いながら媚びを含ませた瞳を石から彼に移すと、半分魅いられたように瞳を濁しながらも気味悪そうに眉をしかめさせていた。


「何だよ、それ」

「真実しか紡がないのよ、これ。ねぇ?キレイでしょう?頭と口はウソしか紡がないけどココロは真実しか紡がない。…ねぇ?キレイでしょう?」

「お前、何言って…大体今日はおかしいぞ、お前!?いつもならっ…!」

「口答えもせず貴方の都合に合わせるまま。俯いて瞳を合わないまま、よね」


言いかけた言葉に被せるように穏やかに言うと、彼は驚いたように目を見開いた。


「もううんざり。他の誰かの影に心をすり減らされるのも、貴方の気紛れに付き合わされる都合の良い女でいることも。ねぇ?私だけを見てくれる?遊びじゃないって言ってくれる?」


ずっとずっと言いたくて堪らなかった。

言えなくて苦しかった。

言ったら切り捨てられそうで。

それ位なら我慢した方がマシだと思ってた。

それでも私だけを見てくれる事を願ってた。

そんな未来を請うていた。



どうしてだろう?

そう思ってたのに今私はどうして彼を追い詰める言葉を口にしているんだろう?

ギラギラとした瞳で彼を見上げながら。


「さ、…き?」


その瞳には、ほんの僅かだけれど確かに恐怖と拒絶を宿していた。

それを見た瞬間、今まで二重写しのように感じていた自分の感覚がはっきり1つに戻った。

私が私の意思で身体を認識する。

私が私の意思で口を開いた。


「ねぇ?この人は私だけを見てくれる?私だけのものになってくれる?」


持ち上げたままの手の中にある宝玉に向かって問いかけた。

その瞬間、持っていた宝玉が一瞬だけ火傷しそうな程熱くなり、私の脳内に彼と私ではない誰かの姿が浮かび上がった。

繊細な純白を身に纏い、幸福そうに笑む私ではない誰か。



請うてしまえばソレが真実。



噎せ返る程の色香にまみれた声が脳内に響いたのを最後に映像が消えた。


私のものだった筈の瞳も耳も身体さえももう感じない。

ただ膨れ上がるばかりのどす黒い感情だけが、残された。



*********



…本日…時頃、マンション内で川棚孝さんが殺害されているのが…

川棚さんの遺体には損壊の後があり警察では現場に残された血痕から、友人の荒川佐紀さんを重要参考人として……

持ち去ったと見られる遺体の一部を捜索して…



途切れ途切れに聞こえるニュースを聞くともなしに聞きながら向かい合わせに座った二人はにっこりと笑いあった。「やっぱり請うたわね」

「ああ。だから見料を頂いた」

そう言いながらテーブルの上に無造作に置かれた二つの血塗れの心臓を指差した。

乾ききっていない血がテーブルを汚すが二人とも気にも止めない。


「何に使うわけ?コレもアナタみたいな願い石にする?」

「そのつもりだ」

「その身体はどうする?」

まだ遊ぶ?



黒ずくめの美女が面白そうに問いかけると、目の前の平凡な容姿の女はにっ、と唇を笑ませた。


「そうだな。血は粗方流れきったからな。久しぶりに腐るまでは使わせて貰おうか」


腕も手も、そして上半身の前面もべっとりと血で汚したまま女は平坦な口調でそう言った。


男に『佐紀』と呼ばれた女は、破けた衣服を纏っていた。

破れ目から見える彼女の身体にはぽっかりと大きな穴が穿たれ、深紅の宝玉が肉の中に収まっていた。


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