君がいない食卓
ただいま。
……遅くなった。
ごめんな、またこんな時間。
どうせ「無理すんな」って言うんだろうけど。
ああ、これ?
買ってきた。
こういうの、好きだったろ。
甘すぎないやつ。
たまにはいいかなって。
最近、ちゃんと食ってるか分かんないし。
……いや、分かってるよ。
分かってるけどさ。
座る。
いただきます。
やっぱこれ、変わんないな。
お前が最初に作った時さ、
焦がしてさ。
「失敗した」ってめっちゃ落ち込んでたよな。
あの時さ、
別にそんな気にしてなかったんだけど。
……言えばよかったな。
うまいって。
少しだけ、間。
なあ。
今日さ、帰り道でさ。
お前が好きそうな店見つけたんだよ。
今度、行こうか。
……ああ、そうだな。
「今度」なんて、ないか。
苦笑する。
俺さ、あんま変わってないよ。
相変わらず仕事ばっかでさ。
お前、よく文句言ってたよな。
「ちゃんと休め」って。
……なあ。
ちゃんと休んでたら、違ったのかな。
箸が止まる。
静かすぎる。
前はさ、
こんなに静かじゃなかったよな。
テレビつけっぱなしでも、
お前がなんか喋っててさ。
「それ前も見た」って言ったら、
「いいの」って言い返してきて。
……あれ、ちょっと好きだったんだよな。
小さく息を吐く。
なあ。
聞いてるか?
いつもみたいにさ。
「うん」って。
それだけでいいんだけど。
沈黙。
「……そっか」
視線が、向かいの席に落ちる。
そこには何もない。
最初から、何も置いていない。
なあ。
なんで、こうなったんだよ。
声が少しだけ震える。
俺、何かしたか?
あの日か?
それとも、その前か。
もっと早く帰ってればよかったのか。
ちゃんと話聞いてればよかったのか。
「大丈夫だろ」って、
あんな軽く言わなければよかったのか。
言葉が途切れる。
なあ。
一回でいいからさ。
もう一回だけ、
「うるさい」って言ってくれよ。
それでいいから。
沈黙。
テレビの音だけが流れる。
「……遅いよな」
笑う。
全然、笑えてない。
「今さらだよな」
目を閉じる。
「……ごめんな」
その言葉は、どこにも届かない。
ただ、部屋の中で消えた。
この作品は大きな出来事ではなく、ただの“いつも通り”の延長で崩れる関係を描いています。
だからこそ、最後に残るのは感情ではなく、声だけにしました。




