第一章:最強の「閉店セール」
エピローグ:世界最強の店主
「やれやれ、これじゃ引退した勇者たちより目立っちまうな」
俺は予備の木材を取り出し、鼻歌まじりにドアを直し始める。
かつての英雄たちの力は、今、俺という「器」の中で静かに眠っている。
もし、また世界に危機が訪れたら?
あるいは、絶望して「何か」を捨てに来る客が現れたら?
「その時は、また高値で買い取ってやるとするか」
最強の力を隠し持ち、路地裏でガラクタを磨く店主。
俺の、騒がしくて最強な「セカンドライフ」は、まだ始まったばかりだ。
王都の外れ、湿った石畳が続く路地裏。そこには、どんな高級店にも置いていない「商品」を扱う店がある。
看板には色褪せた文字でこう書かれている。
『忘れ物屋・クロウ』
「……本当に、これでいいんだな?」
店主のクロウは、カウンター越しに四人の男女を見据えた。
彼らは数日前まで、世界を滅ぼさんとした魔王を討ち果たし、民衆から「伝説」と崇められていた最強の勇者パーティーだ。
「ああ、決めたんだ」
リーダーの勇者アベルが、疲れ切った、だが晴れやかな笑顔で応える。
「魔王は死んだ。世界は救われた。……でも、俺のこの『力』は、平和な村には強すぎる。リンゴを剥こうとすればナイフが音速を超え、くしゃみをすれば屋根が吹き飛ぶ。これじゃ、愛する幼馴染と手を繋ぐことだって怖くてできない」
アベルだけではない。
賢者のリナ、聖女のマイ、戦士のガストン。
かつての英雄たちは皆、その超常的な「アビリティ」という名の呪いに疲れ果てていた。
「わかった。……『アビリティ買い取り』、正式に受理する」
クロウが指をパチンと鳴らす。
その瞬間、店内の空気が一変した。
四人の胸元から、宝石のような輝きを放つ「光の塊」が抽出される。
それは彼らが人生のすべてを賭けて磨き上げ、神から授かった最強の力。
• 勇者アベル:『超絶神速・抜刀術』
• 賢者リナ:『全属性魔法極大化』
• 聖女マイ:『絶対不可侵の聖域』
• 戦士ガストン:『大陸砕きの剛腕』
光がクロウの用意した特製のクリスタルボトルへ吸い込まれると、四人はその場にへなへなと座り込んだ。
「……消えた。体が、軽い……」
「ようやく、ただの女の子に戻れた気がするわ……」
彼らは代金として、平穏な余生を過ごすのに十分すぎるほどの金貨袋を受け取ると、何度も頭を下げて店を去っていった。
一人残されたクロウは、カウンターに並んだ四つのボトルを眺める。
「さて……」
クロウの固有能力は**『目利き(鑑定)』と『保管』**。
ただそれだけの、本来なら戦闘には不向きな地味な能力だ。だが、この『保管』には裏の機能がある。
「売れ残らせるのも勿体ないしな。……『全アビリティ、装着』」
クロウがボトルを一つずつ、自らの胸に押し当てる。
そのたびに、血管をマグマが駆け巡るような熱い衝撃が走り、細胞の一つ一つが「神の領域」へとアップデートされていく。
バキバキと店内の空気が震え、窓ガラスにヒビが入る。
数秒後、すべての光がクロウの中に消えた。
「……ふぅ。ちょっと出力の調整が難しいな」
試しに指を動かすと、残像すら見えない速度で空気が切り裂かれた。
深呼吸をすれば、数キロ先の蟻が歩く音まで聞こえる。
世界を救った四人分の「最強」が、今、一人の無名な店主に集約されたのだ。
「さて、ドアでも直すか。勇者たちが去り際に壊したし……」
クロウがトンカチを手に取った、その時だ。
――ドォォォォンッ!!――
直したばかりの扉が、再び、今度は跡形もなく粉砕された。
「おい、ゴミ溜めの店主! 勇者どもがここに来たのは分かってるんだぞ!」
現れたのは、黄金の装飾をこれでもかとあしらった鎧に身を包む、不遜な男。
その後ろには、武装した私兵が十数人、抜剣した状態で控えている。
「王都の若き獅子、エドワード様だ! 勇者が売っていった『神器』があるだろ? それを今すぐ差し出せ!」
クロウは呆れたように、バラバラになったドアの破片を見つめた。
「……神器なんてない。あるのは、俺が今買い取った『在庫』だけだ。それに、客ならドアくらいノックしろよ」
「黙れ! 卑しい商人が俺に口を利くな! やれ、身の程を教えてやれ!」
エドワードの合図とともに、三人の手練れの戦士がクロウへ飛びかかる。
その剣筋は鋭く、一般人なら瞬きする間に三枚おろしだろう。
だが。
(……遅すぎる)
クロウの視界では、彼らの動きは止まっているのも同然だった。
**『超絶神速』**が、世界の時間を停滞させる。
(……硬すぎるな)
**『絶対不可侵の聖域』**の受動発動により、彼らの剣がクロウの肌に触れる直前、見えない壁に阻まれて火花を散らした。
(……面倒だ)
クロウは、あくびを噛み殺しながら、迫りくる剣の平を、人差し指で軽く、本当に軽く**「デコピン」**した。
――カシャァァァァァァァンッ!!――
**『大陸砕きの剛腕』**の余波が、指先から爆発的に解放される。
衝撃波だけで戦士たちは吹き飛び、彼らの持っていた業物の剣は、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
「な……な……なんだ……今のは……!?」
腰を抜かしたエドワードの前に、クロウは静かに歩み寄る。
一歩。たった一歩踏み出しただけで、床の石畳がクモの巣状に砕け、店全体が轟音を立てて震えた。
「言っただろ、在庫はないって。……全部、俺の『血肉』にしちゃったからな」
クロウの瞳が、黄金色に輝く。
かつての勇者アベルすら凌駕する、圧倒的な死の気配。
「ひ、ひいぃぃぃ! 化け物だ! 逃げろ、逃げろぉぉぉ!」
エドワードたちは、プライドも武器もかなぐり捨て、悲鳴を上げながら路地裏を転げ回って逃げていった。
静寂が戻った店内で、クロウは深く溜息をつく。
「……これじゃ、ドアの修理代、請求しそびれたな」
彼は壊れた看板を拾い上げ、トントンと埃を払う。
世界最強の力を隠し持つ店主。
彼の「最強すぎる在庫処分」は、まだ幕を開けたばかりだった。
次回予告:
「普通の女の子」として学園に入学した元・賢者リナ。しかし、魔力がゼロになったはずの彼女を狙う魔の手が……。
「やれやれ、アフターサービスも店主の仕事か」
次回、『第二話:元・賢者の平穏な学園生活(※店主の過保護付き)』




