表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名呼びの風(なよびのかぜ)  作者: 花音
第一章 名もなき風
3/4

第一章(3) 名もなき風 -村の風と、はじまりの名前-

風の祠をあとにし、ふたりは村の中心へと向かって歩いた。


 


村は、穏やかだった。

 

 


道端には、色とりどりの布が干され、子どもたちの笑い声がどこかから響いてくる。

遠くで誰かが木を削る音がした。


 


アムの歩き方は、いつも風と歩幅が合っているようだった。

不思議とその足取りについていくのは難しくなかった。


 


「もうすぐ、風宿舎(ふうしゅくしゃ)に着くよ」


 


「風宿舎?」


 


「風を宿す人たちが、しばらく滞在する場所。名前が決まるまで、そこで過ごすの」


 


宿とは少し違う響きがした。

けれど、“宿る”という言葉が、妙にしっくりきた。


 


そこは、緩やかな坂を上った先にある、丸い屋根の建物だった。

まるで、風を受ける帆のようなかたちをしている。


 


中に入ると、やさしい木の香りがした。

小さな窓がいくつもあって、どこからでも風が通るように作られている。


 


「この部屋を、しばらく使っていいよ」


 


案内された部屋には、畳のような草編みの床と、白い布の寝具が整えられていた。

壁には、小さな風車が吊られている。


 


アムは、部屋の端にしゃがんで、細い木の箱を差し出した。


 


「これ、風名帳(ふうなちょう)。名前の音が届いたら、ここに書いておくといいよ」


 


箱の中には、風を模した模様が入った紙と、細い筆が入っていた。


 


「まだ届かなくても大丈夫。風はね、焦らないの」


 


アムの言葉に、ぼくは小さくうなずいた。


 


その夜。


 


風宿舎の灯りは静かに揺れていた。


 


寝具に横たわると、天井の風車がゆっくりと回っているのが見えた。


 


(名前がなくても、ここにいていい)


 


そう思えたのは、たぶん、アムと風のおかげだ。


 


目を閉じると、今日出会った風たちの気配が、静かに頭の中に浮かんできた。


 


アムの声。

風の祠の空気。

白い石。

リリエという名前。


 


そして、あのときの風のささやき――《カザミ》。


 


耳に残っていた音が、もう一度、風に乗って響いた気がした。


 


まるで、それが“僕の風名”であるかのように。


 


でも、それをすぐに受け入れていいのか、わからない。


 


それでも――


 


ふと、紙と筆を手に取り、《カザミ》という音を書いてみた。


 


筆先が紙をなぞる音が、小さな風音のように響いた。


 


風が、窓を少しだけ揺らした。


 


まるで、その音に、応えてくれたように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ