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夏の訪れ

 吉之が麗奈の部屋と部室の片づけに追われる日々を過ごしていると、季節はあっという間に流れ、気が付けば7月になっていた。気温も上がり、みんなが暑さを感じ始めていたある日の部室で楓が元気に口を開いた。

「今日は怖い話をしようよ!」

「え?」

いつものように集まっていた吉之と真奈美、優花の3人は困惑の表情を浮かべていた。一方麗奈は相変わらず原稿に集中していて気付いていない様子だった。

「最近暑くなってきたでしょ?だから怖い話でもして涼めたらいいなって」

「そんな急に言われても、怖い話のレパートリーなんて持ち合わせてないぞ」

吉之がそう言うと、真奈美と優花もうんうんとうなずいた。

「じゃあ私が昨日仕入れたとっておきの話をしてあげるから、それで涼しい気分になろう」

「なんだ結局おしゃべりがしたいだけか」

「いいじゃん別に!」

そう言うと楓はこほんと咳払いをして話を始めた。

「これは昨日友達から聞いた話なんだけど、その友達は去年の夏に修学旅行で海に行ったんだって。そこでみんな海で泳いだり砂浜でビーチバレーをして遊んだりお互いに写真を撮りあったりしてたの。そうして遊んでたら、ふと海に泳ぎに行ったクラスの男子A君がいなくなってることに先生が気が付くんだ。それで、クラスみんなでそのA君を探して回ったんだけど、A君は砂浜から少し離れた岩場の陰で横になっていて既に亡くなっていたの。そこからはもう修学旅行どころじゃなくなっちゃって先生は警察に連絡したりで忙しく、クラスのみんなも悲しみに暮れてたの。そして、お葬式も終わってようやくひと段落ついたころに、思い出を振り返ろうと私の友達がみんなで海で撮った写真を見てみると、そこには…背後に写る海の白波が全部人の手の形をしてたの!」

「いやーっ!」

急に叫びだした優花に吉之も驚きつつ楓の怪談が終わった。

「どう?涼しくなった?」

楓がそう尋ねると優花が

「私、そういう気持ち悪い系の話苦手なのよね……」

と両腕で胸を隠して震えながら答えた。

「真奈美ちゃんと吉之くんはどうだった?」

楓が今度は吉之たちに感想を求めてきたので吉之は

「その友達から写真は見せてもらったのか?」

と聞き返すと楓は

「気持ち悪いから写真は消しちゃったんだって」

と答えた。

「まあ、そんなことだろうな」

吉之が呆れていると真奈美が

「でも、海って急に足を攫われたりとかあるみたいだよね」

と言った。

「おいおい、真奈美まで、やめろよ……」

そんな話をしていると突然麗奈が話に入ってきた。

「そういえば、今年の夏は海で合宿をしようと思っているぞ。みんな水着の準備をしておくようにな」

「えー、それこのタイミングで言うこと?」

この怪談を唯一怖がっていた優花がそう文句を言った。吉之もそれについては同意見であった。

 部活が終わった帰り、いつものように麗奈と吉之が寮の自室に戻ろうとした時、真奈美が吉之を呼び止めた。

「あの、吉之くん」

「なんだ?」

「ちょっとこのあと話せる?」

「いいけど」

「ありがとう」

「悪い姉さん、今日は先に戻っててくれ」

「ああ、いいぞ」

そう言うと麗奈は先に帰っていき、部室には真奈美と吉之、そして楓の3人が残っていた。

「吉之くん、ありがとう」

「うん。それで、どうしたんだ?」

「あのね、さっき先輩が水着の用意をしておくようにって言ってたでしょ?私、去年の水着は小さくなっちゃって、それで……」

「男の子である吉之くんに一緒に見てもらいたいんだって」

真奈美が言葉に詰まっていると楓が横から入ってきた。

「私1人じゃ心細いみたい。いやあ吉之くんも隅に置けないね」

「おいおい。まあ、そんなことなら別にかまわないよ」

「……!ありがとう!じゃあ、週末にショッピングモールで!」

たまには部活の友達と週末に遊びに行くのもいいだろうと吉之は思った。


 週末、ショッピングモールの入り口で吉之が1人待っていると、真奈美と楓がやってきた。相変わらず真奈美は外に出るときは普通の私服であった。それがアリなら普段学校にいる時も普通の制服姿で過ごせばいいのにと吉之は内心思っていた。

「吉之くん、お待たせ。もしかして待たせちゃった?」

「いや、俺も今来たところだよ」

「じゃあ、行こっか」

いわゆるデートの定番とも言えるやり取りを終え、吉之と真奈美、楓の3人はショッピングモールの中へと入っていった。本格的に水着シーズンを迎えようとしている時期なので、水着売り場はショッピングモールの1階に広く設けられていた。

「それで、真奈美はどんな水着が買いたいんだ」

「か、可愛いのがいいかな」

「もー、甘いよ真奈美ちゃん!真奈美ちゃんはせっかくスタイルがいいんだから、このくらい大胆な水着で浜辺のマドンナにならないと」

そう言って楓は極小のビキニ水着を取り出した。

「こ、こんな小さいの着れません!」

真奈美は顔を真っ赤にして答えた。

「これなんてどうだ?」

吉之はワンピースタイプの水着を1つ手に取って見せた。

「わあ、可愛い……」

「試着してみたらどうだ?」

「そうだね、着てみる」

真奈美はそうして水着を受け取ると試着室に入っていった。しばらくすると真奈美は扉を開けて

「どうかな?」

と吉之と楓に尋ねた。そのワンピースタイプの水着は若干サイズが小さいのか胸周りがきつそうであった。

「ちょっとサイズがきつそうじゃない?」

楓は何の遠慮もなくそう答えた。そして

「こっちの水着はどうかな?」

と、先ほどよりは布面積の大きいフリルのついたビキニタイプの水着を取り出した。

「うーん、ちょっと露出が気になるけど、せっかく選んでくれたわけだし1回着てみようかな」

そして再び試着室に入りしばらくすると扉が開いた。

「ど、どうかな……?」

そう言う真奈美の様子は明らかに恥ずかしそうであった。しかしそんな真奈美の様子をよそに、その大胆な姿は周りの男性客の視線を集めていた。

「おお」

吉之がそう呟くと楓が

「なにその反応、吉之くんひょっとして見惚れちゃった?」

と茶化してきた。

「そんなんじゃねえよ」

「へえ」

そんなやり取りをしている横で真奈美は照れながらも

「私、これにしようかな」

と言った。その後真奈美は着替え終わると水着を購入し、3人は水着売り場をあとにした。

「いいのが見つかってよかったな」

吉之がそう言うと真奈美は

「うん、今日はありがとう」

と言いながら頬を赤らめた。


 その日の夜、いつものように吉之と麗奈が夕食を共にしていると麗奈が

「今日はどこに行ってきたんだ?」

と吉之に尋ねた。

「ああ、真奈美が水着を選ぶのを手伝ってほしいって言うから、ちょっと付き合ってたんだ」

「ふ、ふーん、真奈美がねえ」

「そういう姉さんは水着持ってるのかよ。うちの学校プール無いんだから学校の水着ってわけにいかないだろ」

「私はもちろんとっておきのを持っているぞ。なんて言ったって吉之と海に行くんだからな」

「なんか楽しそうだな」

「吉之と海に行くのなんて久しぶりになるからな」

「でもなんで海なんだ?文芸部の活動と海関係ないだろ」

「もちろん、夏の海と言えば学園モノの鉄板だからだ。物語を書く以上はそういう鉄板のものは自分で経験しておくに越したことはないだろう」

「なんか妙に説得力あるな」

「それに優花や楓もいるしな。2人も楽しめる方がいいだろう」

麗奈はいつも自分のことしか考えていないようで、案外他の部員のことも少しは考えているようだ。その様子に吉之は、姉にも部長としての責任感がないわけでもないのだなと安心していた。


 7月の終わり、才城学園は夏休み前最後の1日を迎えていた。夏休みだからと言って羽目を外さないようにというありがちな注意が担任からなされたあと、放課後になって真奈美が吉之に話しかけた。

「吉之くん、今日はこのあと部室行く?」

「行くよ」

そうして2人はいつものように部室へと向かった。2人が部室に着くと、既に麗奈と優花、楓、そして何故か優花の友達の美波が待っていた。

「お前たちも来たか」

部室の一番奥、窓側の席に座っていた麗奈がそう吉之と真奈美に話しかけた。吉之はまず始めに疑問を投げかけた。

「美波…先輩ですよね?先輩は文芸部じゃないですけど、どうしてここに?」

すると優花が

「私が声をかけたんだ。美波はバレー部の練習があって夏休みも忙しいから、少ないオフの日くらい海で一緒に遊べたらって思って」

と説明した。この部活の合宿はそんな自由でいいのかと吉之は思ったが、「私も美波と海に行けて嬉しいぞ」と麗奈も言っているので何も言わないことにした。

「知り合い?」

未だに状況を把握できていない真奈美は吉之に小声で尋ねた。

「ああ、前に一回会ったことがあるんだ。姉さんと同じクラスの人らしい」

「2人ともよろしくね」

美波はそう言うと続けて

「夏と言えば海だよね!部活の友達はオフの日に宿題を片付けるなんて言ってるけど、せっかくの高2の夏休みにそんなのもったいないよ!」

「まあ、美波は宿題なんていつもやってこないもんね」

優花がそう言うと美波は

「だってこの学校宿題やらなくても怒られないし。内申点は引かれてるけど、私大学は一般入試で受けるから関係ないもん」

と言った。たしかにこの学校において宿題をやるかどうかは基本的に自由だ。みんな各々の責任において勉強するべきであり、学校が強制するものではないという考え方らしい。かく言う吉之も、実力不足から宿題の時点で躓いており、いつも真奈美に手伝ってもらいながらどうにか2割ほど埋めて出している。それでもこれまで先生から呼び出されたり怒られたりしたことはなかった。同じクラスの皆川に至っては宿題を出しているところなど見たことがない始末である。

「美波は頭良いからいいよね。私はこの学校の中ではそこまで良い方じゃないから、推薦も考えなくちゃいけなくて大変なんだから」

優花はそう愚痴を言った。この学校の生徒の大半は大学の入学試験に出るような問題を解くこと自体がとても得意である。なので、学校の授業に合わせてコツコツ勉強しなくとも進学は余裕であり、大学は一般受験一本に決め込んで好きなように学生生活を送る生徒も少なくない。ただし、IQ148以上の学生たちの中にも程度の差はあり、ギリギリでボーダーをクリアしたような生徒たちにとっては進学も一つの山場である。優花もそんな進学を山場としている生徒の1人であり、この学校に大量にくる有名大学からの推薦枠は、進学を確実に決めるための手段として有効なのだ。一方で推薦どころではない、学校の勉強についていけていない吉之と楓は

「真奈美、時間ある時に夏休みの宿題も見てもらっていいか?」

「真奈美ちゃん、私もお願い」

と懇願した。

「いいよ。私も8月は文芸コンクールに向けた追い込みの時期だから、一緒に頑張ろう」

なんていい人なのだろう、そう吉之と楓は心に思った。

「ところで、2人は実家に帰ったりしないの?」

真奈美がそう吉之と楓に尋ねた。この学校は全寮制なので生徒は普段寮で寝泊まりしている。しかし夏休みは申請すれば実家に帰省することが可能だ。ただし、休みの間もやっている部活がほとんどなので、帰省する生徒は少数派だ。

「俺は普段から姉さんと2人暮らしだからな。実家には帰らないよ」

「私はお盆の期間に1週間だけ帰る予定」

「真奈美は帰るのか?」

吉之がそう尋ね返すと真奈美は

「私も今年は帰らない方向かな。実家に戻っちゃうとくつろいじゃって執筆が進まなさそうだし…」

と答えた。

「なるほど、それだけ力を入れてるんだな」

「うん」

吉之と真奈美、楓の3人が話しこんでいると麗奈が割って入ってきた。

「お前たち、私の話を聞いているのか?」

「あ、すみません先輩!」

「悪い、聞いてなかった。なんの話だっけ?」

「まったく…合宿は1週間後だ。それまでに持ち物とか各自用意しておくように。当日は朝の9時に駅前集合だから、くれぐれも遅刻するなよ」

「姉さんが一番寝坊しそうなくせに」

「こ、こら!吉之!」

慌てる麗奈の姿に優花と美波もクスクスと笑っていた。同級生として麗奈のズボラなところはよく分かっているのだった。

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