麗奈のお世話係
「吉之くん、今日ちょっと部室に来てもらえる?」
5月も終わりを迎えようとしていたある日、真奈美が吉之にそう話しかけた。
「いいけど、どうしたんだ?」
吉之がそう訊ねると、真奈美は
「部室に来てくれたら分かるから……!」
と答えた。
その日の午後、吉之は久しぶりに部室を訪れた。そこはゴミ屋敷と呼ぶに相応しい散らかり様だった。床一面に書きかけの原稿が散らばっているだけでなく、ペットボトルの容器やお菓子の袋なんかも散乱していた。
「私も時々お片付けしていたんだけど、私じゃ先輩の勢いを止められなくて……」
「姉さんの散らかす速さは尋常じゃないからな。真奈美の原稿は無事か?」
「うん、どうにか……」
「それならよかった」
真奈美の原稿の無事を確認すると、吉之は部屋の片付けをし始めた。それを見た真奈美は
「うわあ、吉之くん手際いいね」
と感心した。吉之は
「まあ慣れてるからね」
と言いながら手際よく床に散らばったゴミを袋に詰めていった。原稿は麗奈にとって必要なものと不必要なものがぐちゃぐちゃになって散らばっているので、吉之はそれらを分別して必要なものは机の上にまとめた。
「吉之くん、先輩の原稿勝手にいじっちゃって大丈夫なの?私、分からないからいじれなくて」
「大丈夫だよ、姉さんの必要なものなら分かるから」
「へえ、さすが!」
吉之はその後も手早く片付けを進め、10分ほどで部室は見違えるほどキレイになった。吉之は真奈美と部室から出たゴミを学校のゴミ置き場に捨てに行った。
「助かったよ、私一人じゃこんなすぐに片付けられなかったよ」
「まあ、この程度なら全然だよ」
「吉之くんはいつも先輩の部屋をあんな感じで片付けてるの?」
「まあな、俺がこの学校に入学したのもそれが理由だし」
「大変だね、尊敬するよ」
「片付けはたいしたことないよ」
そんな会話をしながらゴミ置き場から部室に戻ると、麗奈が部室に来ていた。
「お、来たな。今日は吉之も一緒か」
「どうも」
「先輩、お待たせしました」
麗奈は部屋がキレイになったことに気づいてないかのように話を始めた。
「じゃあ、昨日の続きから始めようか」
これに対して真奈美は
「あの、吉之くんが部室を片付けてくれたんですけど、どうでしょうか……!」
「ん、たしかに部室が広くなった気がするな」
「さすが先輩の弟ですよね、おかげで友達も安心して呼べます」
そう真奈美が言うと吉之が
「誰かこの部室に来るのか?」
と訊ねた。真奈美は
「私の中学の頃からの友達が興味あるんだって。あ、文芸部の活動というより麗奈先輩にだけど」
「そうなんだ。たしかにあの部室の状況じゃ誰か来るには散らかり過ぎだな」
「そうなんだよ」
麗奈に興味があるとはまたどんな人だろうと吉之は疑問に感じつつ
「部員が増えるといいな」
と言うと、真奈美は
「うん!」
と答えた。そして
「では先輩、始めましょうか」
と言うと麗奈と一緒に執筆の作業を始めた。吉之は
「じゃあ俺は帰るな」
と言うと部室をあとにした。帰りがけ、真奈美から「今日はありがとね」と声をかけられた。
吉之が廊下を歩いていると優花と出くわした。優花は吉之を見つけると歩み寄ってきた。
「きみ、部室の片付けしてたみたいだけどキレイになったの?」
「まあ、それなりには」
「麗奈の原稿はどうしたの?間違って捨ててないでしょうね?」
「そんなことするわけないじゃないですか」
「そ、そう……」
優花は複雑そうな表情を浮かべると「やるわね……」と呟いた。
「きみは麗奈にとって必要なものを見分けて片付けをしてるってわけ?」
「そうですけど」
「うそよ!私は麗奈の部屋を片付けたとき何回も麗奈の要るものを捨てちゃって怒られたことあるんだから!本当にちゃんと片付けてるの?」
「ちゃんと片付けてますよ。姉さんの必要なものって、一応分かるようになってますから」
「分かるようにって、どういう風によ」
「言葉では説明できないですけど」
「なにそれ!ずるい!」
「そう言われても」
「もういいわ、言っとくけど麗奈の大事なものを間違って捨てたら私が許さないからね!」
そう言うと優花は吉之の前から去っていった。吉之はその後寮の部屋に戻ると、いつものように朝麗奈が散らかしたゴミを片付けるのであった。
次の日、昼休みに吉之がパンを食べていると真奈美が声をかけてきた。
「あの、吉之くん」
「ん、真奈美?どうしたの?」
「今日、例の友達が部室に来るから、吉之くんも部室に来てくれないかな?紹介したいんだ」
「ああ、いいよ」
この学校に入学して約2カ月経つが未だに友達が少ない吉之は、良い機会だと思って了承した。
「ありがとう」
そう答える真奈美の顔には、仮面の下に笑みが浮かんでいるようであった。
放課後、吉之と真奈美が文芸部の部室に向かうと、部室の前に背が低く長い金髪をツインテールに結んだ女の子が立っていた。ツインテールの女の子は真奈美に気が付くと駆け寄ってきた。
「真奈美ちゃん!」
「楓ちゃん、来てくれたんだ!」
「もちろんだよ!」
二人はそうやり取りをすると吉之の方に向き直って挨拶をした。
「紹介するね、こちら私の中学の時からのお友達で望月楓ちゃん!」
「望月楓です、よろしくお願いします」
そう自己紹介をすると楓は
「この人が麗奈先輩の弟?」
と真奈美に尋ねた。
「そうだよ!麗奈先輩の弟で神崎吉之くん。先輩のことで吉之くんより頼りになる人はいないんだよ」
真奈美がそう言うと、急に部室の扉が開き優花が出てきた。
「それは聞き捨てならないわね!」
吉之たち3人が驚いているのにも構わず優花は続けた。
「吉之くんのゴミの分別はたしかに正確みたいだけど、麗奈のお世話はそれだけじゃないんだから!現に私は誕生日プレゼント選びでは君に勝ったんだし」
「おい、そんなところで喋ってないで部室に入ったらどうだ?」
先に部室に来ていた麗奈は4人のやり取りを見るに見かねて声をかけてきた。
「そうだね、みんな入って入って」
優花はそう言うと急に笑顔で吉之たち3人を部室へと案内した。
「その子が例の真奈美の友達か?」
麗奈は楓を見つけるとそう真奈美に尋ねた。
「はい!私の中学の頃からのお友達で望月楓ちゃんです!」
「望月楓です、よろしくお願いします」
そう挨拶する楓は若干緊張している様子であった。
「望月楓さんか、よろしく」
麗奈は一言挨拶すると加えて
「楓は文芸部のどんなところに興味があるんだ?」
と尋ねた。楓は
「私、麗奈先輩に興味があって……。先輩はこの学校で一番優秀な方だということで有名です!普段どんなことを考えているのか知りたいです!」
「そ、そうか。と言っても私はこれといって特別なことは考えてないぞ」
「本物の天才ってそうですよね。はあ、羨ましいなあ」
「羨ましいとは?」
「え、ええと……」
楓が言葉に詰まっていると真奈美が話し出した。
「楓ちゃんは今学校の勉強にあまりついていけてないんです。なので先輩から何かアドバイスをいただけないかと……!」
「アドバイスと言われてもなあ。そもそもこの学校は天才しか入れないから、楓さんも例に漏れず頭はいいんだろ?なんで勉強についていけてないんだ?」
「その、私勉強するのが嫌いで……。この学校に入ったのも真奈美ちゃんが受けるってのと入学試験がパズルみたいで簡単だからってだけで、入学してからこんな猛スピードで授業が進なんて思わなくて、正直後悔してるんです……」
「なるほど、まあ私も学校の勉強にはあまり興味がないから気持ちは分かるがな」
「そうなんですか?じゃあ、どうやって勉強についていってるんですか?」
「そうだな、私の場合は自分の書いてる小説に関連付けて学校の勉強を眺めているな。好きなことと関連付けると、一見つまらないと思えることにも案外興味が出てきたりするものだ。だから楓さんも一緒に小説でも書いてみないか?」
「うーん、私本読むの苦手なんですよね……。好きなことかあ……」
楓が自身の好きなことについて悩んでいると真奈美が口を開いた。
「楓ちゃんはお友達とおしゃべりするのが好きだよね。放課後にここで私や先輩とおしゃべりしながら、まずは学校の課題をやればいいんじゃないかな?」
「いいの?真奈美ちゃん、今自分の執筆で忙しいんじゃない?それに麗奈先輩まで巻き込んじゃって……」
「私は別にかまわないぞ。どんな環境でも執筆は進むからな」
「私も大丈夫だよ。お話してた方が良いアイデアが湧くかもしれないし」
真奈美はそう言うと続けて
「吉之くんもたまには遊びに来ていいんだよ。最近部室に全然顔見せないし」
と言った。
「いいのか?俺なんて頭も良くないからみんなの足を引っ張るだけだと思うけど」
「そんなこと、気にしなくていいんだよ。みんながいた方が部室も盛り上がるし」
そんな話をしていると、そばで聞いていた優花が口を開いた。
「みんなが来るなら私もまた顔を出そうかな。麗奈は執筆に夢中になると周りが見えないから、代わりに私が勉強を見てあげるよ、楓ちゃん」
「あ、ありがとうございます」
こうして文芸部は新たに部室に来ておしゃべりをするだけの部員を1人迎えることとなった。
その日の夜、いつものように吉之が用意した夕食を2人で食べていると麗奈が
「吉之、その……今回はありがとな」
とお礼を言ってきた。
「どうしたんだ姉さん、急に改まって」
「いや、今日部員が1人増えただろ?吉之が部室を片付けてくれたおかげだ、だからありがとう」
「俺はたいしたことしてないよ。楓を呼んできたのは真奈美なわけだし」
「それでも、あの散らかった部室ではまた来ようとは思わなかったはずだ。私だって気づいてるんだ。私が普通に過ごしている部屋が、他の人にとっては居心地の悪い部屋になっているって」
「姉さん……」
「今回、真奈美と一緒に文芸部の活動をしてて気づいた。私が部室に物を広げたせいで真奈美が何度も原稿を無くして困っていたことに。優花は文芸部の活動には興味がないから今まで困っていたことはなかったが、真奈美は違った。私も可愛い後輩を困らせるようなことはしたくない。だから、これからも部室に来て私の部屋と同じように片付けてもらえるとありがたい」
「ははは……」
「なんだ吉之……人が真剣な話をしているのに何を笑っているんだ?」
「いや、姉さんが、自分が部屋を散らかしていることに気づけただけでもすごい進歩だなって思って」
「な、なんだその言い方は……!私だって人のことはよく見ているんだぞ」
「はは、まあ”よく”見ているかどうかは置いといて、全く見えてないわけでもないようで安心したよ」
「まったく、吉之は時々私に対して失礼だぞ」
「いいよ、俺もこれからは毎日部室に行って片づけをしてやるよ。どうせ姉さんのことだ、1日2日目を離しただけですぐ散らかりだすに決まってる」
「本当か…?ありがとう。やはり持つべきものは弟だな」
「その代わり真奈美の小説には責任を持ってアドバイスしてやれよな」
「安心しろ、そこは抜かりなくやるから」
そんなやり取りを寮の廊下で聞き耳を立てて聞いている人がいた。優花である。
「はあ……やっぱり麗奈が信頼しているのは実の弟の方なのかな…」
そう呟くと、優花は麗奈の部屋の前をあとにして自分の部屋へと向かっていった。




