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才色兼備の姉

「入りたまえ」

島原が理事長室の扉をノックすると、中から理事長と思われる男の声が返ってきた。

「失礼します」

そう言いながら、吉之と島原は理事長室の中に入った。理事長室はよくある木目調の部屋で、真ん中に黒革のソファーと木製のテーブルが並び、奥に理事長のデスクがある。その後ろの窓からは学園の校庭が見渡せた。

「神崎くん、よく来てくれたね」

白のスーツを身に纏いメガネをかけたスキンヘッドの中年の男性がそう話しかけた。彼がこの学園の理事長のようだ。

「はい」

と吉之は返事をした。

「まあ掛けたまえ」

理事長はそう言うと、部屋の真ん中にある黒革のソファーを指した。

「失礼します」

吉之がそう言いソファーに腰掛けると、理事長は再び話し始めた。


「入学前に説明を受けていると思うが、我が才城学園は全寮制の学校だ。生徒はこの学園で単に勉強に励むだけでなく、生活も己で律する訓練をしてほしいと考えそうしている。しかしだ、君のお姉さん、神崎麗奈くんは中々に寮生活を送るのが苦手のようだ。我々の方でも何度も面談や指導をしたのだが、そもそも彼女自身が自分の生活に問題があると自覚していない上に、あまりに深刻な有り様に何が原因であのような生活になってしまったのか我々には理解できなかった。だが、一方で彼女は我が学園でも一番の高IQと学業成績を誇る才女だ。できれば、残り2年間もこの学園で学んで巣立ってほしいと思っている。そこで、神崎吉之くん、中学時代まで彼女の身の回りの世話をしていたという君に白羽の矢が立ったのだよ」


そして、理事長は吉之の方を向いて改まった口調で続けた。

「君がこの学園で過ごすのに必要な3年間の学費は全てこちらで負担する。なのでどうか、神崎麗奈くんのことを頼む」

これに対し吉之は

「はい、分かっています。そのために来たんですから」

と答えた。理事長は続けて

「うむ。今後の生活のことなどは島原から説明があるだろうからしっかり聞くように。何か分からないことがあれば我々はいつでも相談に乗ろう」

と言った。

「ありがとうございます」

吉之がそう答えると、理事長との話は終わった。


その後理事長室を出た吉之は再び島原に案内されて姉である麗奈の寮部屋に向かった。その道中、吉之は島原から今後の生活について説明された。

「神崎、お前はこれから姉との相部屋での生活となる。基本的には寮は男女別棟になっているが、今回は特例でお前は女子寮での生活となる。だからと言って変なことは考えるな?その歳で警察のお世話になりたくはないだろう?」

「はい」

そう答えた吉之の中には別の不安があった。となると基本的な生活圏は姉と共に過ごすものになり、他の同級生と過ごす時間は限られる。ただでさえ馴染めるか分からないのに、姉と寮で暮らすという閉鎖された生活では学校で孤立するのではないかという不安だ。そんな吉之の不安をよそに、島原は続けた。

「寮生活は基本二人一組だ。だから姉弟で相部屋だからと言って極端に狭いということはないはずだ。…よし、着いたぞ」

目の前には三階建てのレンガ造りの建物があった。

「じゃあ、俺はここまでだ。部屋は101だ、あとはよろしく頼むぞ」

そう言って鍵を渡すと島原は去っていった。


吉之は鍵を手に101号室の前に立った。1年ぶりの姉との再会だ。多少の緊張と、今どんな生活になっているのかという心配を胸に扉を開けた。

「ただいまー、姉さんいるかー?」

返事はない。部屋の電気もついていない。吉之はまず部屋の電気をつけ、そして目の前の光景に、予想はできていたとは言え本当にこうなっているとはという呆れた気持ちを覚えた。部屋は溜まったゴミと脱ぎ捨てられた衣服、無造作に置き去られた本やメモ書きなどで足の踏み場もない状態だった。あまりに汚すぎて到底人が生活できる状態ではなかった。

「姉さん?いるのか?」

吉之は再び呼びかけたが返事はない。まだ帰ってきていないのだろうか?そう思った矢先、部屋の隅の本の山が少し動いた。吉之はゴミの山をかき分け本が積まれたところまでたどり着くと、一冊ずつどけ始めた。すると本の下にすやすやと眠る黒く艶やかな長い髪が特徴の美少女が現れた。

「姉さん!こんなところで寝たらダメじゃないか……!」

吉之のこの呼びかけに反応して、すやすやと眠る美少女、吉之の姉麗奈は目を覚ました。

「ん……ん?……この声……?……吉之か!」

目を開け吉之のことを見つけると、パッと目を輝かせ麗奈は起き上がり吉之に抱きついた。

「おぉ!久しぶりだなぁ!吉之ぃ!」

「ね、姉さん、抱きつくなって!」

「いいじゃんいいじゃん!弟なんだし、再会を喜んで何が悪いと言うのだ」

麗奈は吉之の制止をものともせずに身を寄せ、頬をスリスリした。


5分後、ようやく落ち着いた麗奈は吉之に尋ねた。

「で、どうして吉之がここにいるのだ?私が恋しくなったのか?」

「ちげーよ!」

麗奈が真面目な口調で訊いてきたのに対して、吉之は半分赤くなりながら答えた。

「学園から呼び出されたんだよ、姉さんの生活が酷すぎるから何とかしてくれって」

「ん?私なら何の問題もなく生活してるぞ?」

またしても麗奈が真面目な口調で答えるので吉之は大きくため息をついた。

「はぁ……まあ、姉さんがそう思ってる分にはいいけどさ。とりあえず俺も今日からここに住むから、部屋の片付けはさせてもらうぞ」

 そうして吉之は、おそらくほぼ1年間片付けも掃除もしたことがないであろう部屋の片付けを始めた。まずはゴミを袋に詰めるところからだ。寮の管理室から大量のゴミ袋をもらい、空の缶やペットボトル、お菓子の袋など捨てられるものを片っ端から袋に詰めて寮の外にあるゴミ置き場まで運んだ。それが終わると、今度は脱ぎ捨てられた衣服や布団などを次々に洗濯機に放り込んだ。最後に本やメモ書きなどの整理だ。麗奈はどこに何が転がっていても全て把握しているので問題ないらしいが、床に放置しっ放しでは生活に支障がでるのでとりあえず全て棚にしまうことにした。最後に部屋の隅々を雑巾がけし汚れを取り除いた。そうして一通りの部屋の掃除を終える頃には、すっかり朝になってしまっていた。

 ゴミで溢れかえっていた部屋が片付いたことで、部屋の全貌が明らかになった。扉を開けると玄関があり、入って右手にはトイレ、脱衣室、風呂が並んでいた。一方左手にはキッチンスペースがあり、2口コンロと洗面台、冷蔵庫が並んでいた。キッチンスペースと風呂トイレが並ぶ廊下を抜けると寝室兼ダイニングの大きな一部屋があった。手前側には右手の壁側に椅子とテーブルが置いてあり、左手の壁側にソファが置いてあった。そして奥側にはベッドが2つ並んでいた。ベッドの横には壁に向かって2つの学習机と棚が置かれていた。吉之は昨晩片付けをした時に空けた片方の机の上に自分の荷物を置いた。


朝になりベッドから起き上がった麗奈は部屋を見渡し、

「おお!なんか部屋が広くなった気がするな!」

と喜んでいた。元々が散らかり過ぎだったんだよと吉之は思ったが、徹夜での作業に最早ツッコミを入れる体力は残っていなかった。

「はあ……。そんなことより朝飯は普段どうしてるんだよ」

吉之がそう尋ねると麗奈は

「食堂で食べることが多いな」

と言った。吉之と麗奈は寮にある食堂に移動すると、朝の定食セットを頼んで適当な席についた。

「こうして食事を共にするのも1年ぶりだな」

麗奈がそうニコニコしながら言うと

「吉之はこの1年元気にやってたのか?」

と吉之に尋ねた。吉之はこれに対して

「まあな。姉さんの世話も焼かなくて済んで、気ままにやらせてもらってたよ」

と漏らした。

「またまた吉之は。本当は私がいなくて寂しかったんだろ?」

麗奈は吉之の言葉を気にもとめずそう言い放った。

「姉さんこそ、この1年どうやって生活してたんだよ」

「ん?私なら問題なく生活してたぞ」

「どこがだよ。昨日はまるでゴミ屋敷みたいな状態だったじゃないか」

「む。ゴミ屋敷とは失礼な。ちゃんとゴミは捨ててたぞ」

「姉さんの言うゴミを捨ててたってのは、たまたま視界に入ったゴミがあれば処分する程度のもので、基本的にゴミなんて眼中にないじゃないか。分かってるんだぞ」

 吉之と麗奈が話をしている最中、何人かの女子生徒が麗奈に対して「神崎さん、おはようございます」と挨拶をしていった。理事長の話では麗奈はこの学校で一番の才女とのことだ。そのうえ中学の頃から誰もが認める美少女だった。この学校でもきっとみんなからの憧れの的なのだろうと吉之は予想できた。だが、麗奈は自分の自堕落な性格を問題だとは思っておらず、当然周囲に対して隠すこともない。きっと教室でも皆川の席と同じように、いやそれ以上に酷い状態になっていることだろう。それでもこうしてみんなから憧れられる存在でいられるのは、やはり天才が集まるこの学校で抜きんでた成績を誇っている麗奈の才能によるものなのだろうと吉之は思った。

 一方で吉之の中では1つ気になっていることがあった。脱ぎ捨てられた衣服や布団など、洗濯物については1週間分ほど溜まっていたとは言え、ゴミの量に比べて洗濯物の量は少なかったのだ。麗奈が自分で洗濯をするとは思えないので、他の誰かがやったのだろうと思うが誰がやったのだろうか。惨状を見かねた学園の教師か寮の管理人が、洗濯だけでも代わりにやってあげたのだろうか。それだけが吉之の中で疑問として残っていた。

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