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最終手段

「待てよ姉さん、本気か?」

 吉之が慌てて麗奈に尋ねた。

「本気だ。吉之が追試を突破するにはこれしかない!」

これに対して優花が反論した。

「ちょっと麗奈!そんなことして、もしもバレたら留年どころか退学だよ?」

しかし麗奈は

「バレなきゃいいんだ」

と言って強硬姿勢を崩さない。

「姉さん、昨日職員室に侵入するのが上手くいって味をしめたんじゃないだろうな」

「麗奈、そんなことしたの!?」

優花と美波が驚いていると、麗奈が

「そう!それで思い出したんだ。昨日職員室に忍び込んだ時、鍵がいくつも掛けられた棚が壁際にあるのを見かけたことを。きっとあの中に資料室の鍵があるに違いない。職員室自体に鍵はかけられていないから、夜中まで校内に隠れていれば拝借するのは簡単だ」

と語った。

「もしそこに資料室の鍵がなかったらどうするんだよ」

吉之がそう尋ねると麗奈は

「その時はまた別の方法を考えるまでだ。追試まで時間もない、今夜決行する」

と譲らなかった。麗奈は一度決めたことは何があっても曲げない、俺の文芸部入部を半ば強制的に進めた時もそうだった、と吉之は思い出していた。

「はあ……。わかった。姉さんがそこまで言うなら、俺も一緒にやるよ。俺の追試のためだからな」

吉之がそう言うと真奈美が

「ほ、本当にやるの……?見つかったら退学になっちゃうかもしれないよ」

と言ってきた。そしてこれに楓も続いた。

「そうだよ吉之くん、きっと他にも方法はあるはずだよ」

「2人とも、心配してくれてありがとう。でも、姉さんはこれって決めたら曲げないからさ。それに姉さんがせっかく俺のために考えてくれた策だ。俺もこれに賭けようと思う」

「吉之くん……」

真奈美と楓は心配そうな目で吉之を見つめていた。優花は

「まあ、こうなった麗奈は誰にも止められないからね。しくじるんじゃないわよ」

と激励の言葉を投げかけた。麗奈はそれに対して「任せておけ」と胸を張った。麗奈がやる気満々になっていると、美波が吉之に小声で話しかけた。

「悪いわね。私のせいで大変なことになっちゃって……」

「いえ。むしろ資料室のこと教えてくれてありがとうございます」

「気にしないで。私も吉之くんには無事進級してほしいから」

するとここで麗奈が

「ところで、資料室というのはどこにあるんだ?」

と美波に尋ねた。美波は

「この部室棟の5階だよ。廊下の一番奥だから探すのは簡単だと思う」

と教えてくれた。麗奈は美波に

「そうか、ありがとう」

と言うと文芸部の面々に向かって

「では今日の部活はこの辺で解散とする。みんなくれぐれも怪しまれるようなことはしないでくれよ」

と告げた。真奈美と楓は吉之に「見つからないように気を付けてね……」と言って寮へと帰っていった。優花と美波も、麗奈と吉之に応援の気持ちを伝えて寮へと戻っていった。

「では吉之、夜まで部室で待つとするか」

麗奈はそう吉之に言うと部室の電気を消した。

「なあ姉さん、今日も瞳が夕飯を届けに来てくれてると思うんだけど、ちょっと取りに行っていいか」

吉之が麗奈に尋ねると、麗奈は

「ダメだ。こんな時間に部室棟を出入りしてたら怪しまれるだろ。それに言ったではないか、その女はやめておけと」

「いい子ではあるんだけどな。まあ今日は姉さんの言う通りにしておくよ。外に出て見つかったら台無しだからな」

吉之は心の中で瞳に対して謝った。

「で、これからどうするんだ?一応どういう流れでいくのか先に知っておきたいんだけど」

「そうだな、まずは10時くらいまでこの部室で待機だ。そして、時間になったら職員室に移動する。職員室に行くのは資料室の鍵を入手するためだから、私1人で十分だ。吉之は部室で待ってろ」

「ちょっと待ってくれ。職員室は本校舎の方にあるだろ?夜は鍵がかかってて入れないんじゃ?」

「正面玄関はたしかに入れない。だが、裏玄関にいつも鍵が開いたままになってる扉があるんだ。だからそこから入ればいい」

この話を聞いて吉之はこの学校のセキュリティが不安になった。寮生活は果たして安全なのだろうか、そう吉之は思った。そんな吉之の不安をよそに麗奈は話を続けた。

「私が資料室の鍵を持って部室に戻ってきたら、一緒に資料室に移動するぞ。部室棟は夜中も警備員が巡回してるわけではないから、こそこそ動く必要もないぞ。資料室に入ったら試験の過去問を見つけて出来るだけ多くスマホで写真を撮る。タイムリミットは4時だ。朝、教師たちが学校に来る前に資料室の鍵を職員室の元の場所に戻さなければいけないからな」

「なんか、やけに周到だな。姉さん、本当は夜の学校に忍び込むの今日が2回目じゃないだろ」

「ん?なんのことだろうな」

麗奈はそう言うとニヤニヤと笑った。なんて自由なんだと吉之は呆れた。

「姉さんこそ、あんま好き勝手やって退学になるなよ」

吉之はそう麗奈に注意をしたが、麗奈は「私は真面目にやっている」と言いたげな様子だった。

 10時まで待機している間の時間はやけに長く感じられた。途中吉之は空腹感を覚え

「やっぱり瞳のごはん受け取りに行くべきだったかもな」

と呟いたが、麗奈に

「たった1回食事を抜いたくらいで人は死にはしない」

と一蹴された。

 ようやく10時になり、部室の窓から外を覗くとそこには明かり1つついていない本校舎の姿があった。

「こうして見ると夜の校舎って不気味だよな」

吉之は思わず呟いた。一方麗奈は立ち上がると扉の方へと向かい

「じゃあ鍵を取りに行ってくるから、吉之はおとなしくここで待ってろよ」

と言って部室の外へ出て行った。


 40分ほどで麗奈は部室に戻ってきた。その手には1つの鍵が握られていた。

「成功したのか?」

吉之が尋ねると、麗奈はニコニコと笑って鍵を指にかけて回すと

「ああ、余裕だ」

と言った。そして続けて

「美波の話によると資料室はこの建物の5階にあるらしい。とりあえず5階に向かうとするか」

と言って再び部室の外に出た。吉之もそれに続いて部室を出て、2人は5階に上がった。

「部室棟には毎日来てるのに、上まで来たのは初めてだな」

 吉之がそう言うと麗奈も

「私も初めてだ。用があるわけでもないからな」

と言い、2人は5階の廊下に出た。月明りに照らされた廊下は奥まで見渡せた。

「あの奥の部屋が資料室ってことか?」

 吉之がそう尋ねると麗奈が

「そうだろうな」

と答え、「よし、向かうぞ」と言って廊下の奥に見える部屋へと向かっていった。2人が奥の部屋の前に着くと、扉の上に資料室と書かれていた。それを確認すると麗奈は鍵を取り出して資料室の扉の鍵を開けた。そして麗奈が扉を開けると、中から埃臭い空気が溢れ出てきた。

「へくしゅん」

麗奈はこの空気を浴びて思わずくしゃみをした。

「この部屋、普段は誰も出入りしてないみたいだな」

 吉之がそう言うと麗奈も「そのようだな」と答えた。2人は資料室の中に入ると扉を閉めた。中にはスチール製のキャビネットがずらりと並んでおり棚と棚の間は人一人通れるだけのスペースしかなかった。

「手分けして探そう。私は奥の棚から見ていくから、吉之は手前の棚から順番に探してみてくれ」

 麗奈はそう言うと資料室の奥へと向かっていった。吉之は麗奈に言われた通り手前の棚から順番に開け、期末試験の過去問がないか探していった。

 30分ほど棚を物色していると、麗奈の「見つけたぞ」という声が聞こえた。吉之が資料室の奥へと進み麗奈と合流すると、麗奈が棚の中をスマホのライトで照らした。中には年度ごとに分けられた『期末試験問題』と書かれたファイルが並んでいた。

「さすがに追試の過去問まではないか……」

と吉之が呟くと、麗奈が

「まあ、期末試験の問題がこれだけ保管されてるのもすごいことだけどな」

と言った。2人は期末試験の過去問を取り出すと手分けして次々に写真を撮っていった。才城学園の期末試験は問題が少ないこともあって、過去30年分保管されていた問題は30分ほどで全て撮り終えた。

「ふう、これで終わりだな」

吉之がそう言うと麗奈が

「何を言ってるんだ。まだ学年末の問題と2年以降の問題が残っている。それとも吉之は、試験の度に資料室に忍び込むつもりなのか?」

と言いながら続けて『学年末試験問題』と書かれたファイルに手を伸ばした。

「まったく、姉さんには敵わないな」

吉之はそう呟くと自分も学年末試験の問題を撮影し始めた。


 2人が全ての問題を撮り終えたのは麗奈がタイムリミットと言った4時近くになってだった。

「さすがに疲れたな」

と、麗奈が呟いた。吉之も

「目がチカチカする」

と言った。2人は過去問を棚に戻すと、フラフラとした足取りで資料室を出た。麗奈は資料室の鍵を閉めなおすと

「吉之は先に部室に戻っていろ。鍵は私が戻してくるから」

と言って、1人で資料室の鍵を職員室に戻しに行った。吉之は文芸部の部室に戻ると、ぐったりと床に倒れこんだ。


「吉之くん……!起きて!」

誰かの呼び声が聞こえてきて吉之は意識を取り戻した。目を開けると、そこには真奈美がいた。

「ま、真奈美!?え、今何時だ!?」

「8時20分だよ。そろそろ教室に向かわないと間に合わないよ」

慌てて吉之が起き上がろうとすると、麗奈が吉之に抱き着いて眠っていることに気が付いた。

「ね、姉さん!何やってんだよ。起きるぞ!」

吉之は麗奈を振りほどくと、身を起こして麗奈をゆすった。

「本当に仲いいんだね」

吉之と麗奈の様子を見て真奈美は羨ましそうに呟いた。


 真奈美が部室の様子を見に来てくれたおかげで、吉之と麗奈は無事に朝のホームルームに間に合った。昨夜の出来事は文芸部の部員と美波以外には誰にも知られていないようだった。その日の夕方、吉之は一昨日と同じように校門の前で待っていた瞳に会いに行った。「昨日は夕食受け取りに来れなくてごめん」と謝ると、瞳は「気にしないで」と言って変わらず夕食を渡してくれた。

 その後、撮影した過去問を元に麗奈と真奈美と優花が手分けして模範解答を作り、吉之はそれを必死に覚えていった。1週間かけて、吉之は30年分の過去問を何も見ずに全部解けるようになった。

「完璧だね、吉之くん」

吉之が何も見ずに解いた答案を見て真奈美がそう頷いた。

「吉之くん、すごすぎ」

吉之の1週間の努力を陰ながら応援していた楓も、その努力の成果に驚いた。

「きみ、本当にすごい記憶力だね。悔しいけど、麗奈のお世話できみに敵わないのも納得がいったよ」

と言って優花も吉之の実力を認めた。

「ここまで来れたのもみんなのおかげだ、ありがとう」

吉之はお礼を言うと、麗奈の方を見て

「姉さんも、今回はありがとう」

と言った。麗奈も「追試、絶対合格するんだぞ」と吉之を応援した。

 その日の夕方、吉之はいつものように校門の前に立つ瞳に会いに行った。

「明日が追試だっけ?」

瞳が吉之に尋ねた。

「うん。長かった試験勉強も今日でひと段落だ。瞳も今日まで夕食ありがとう。おかげで助かったよ」

「私は毎日吉之くんと会えてうれしかったよ。まるで中学の頃に戻ったみたいで……」

「瞳……」

「私はね、吉之くんが西高に転校してきてくれて、また一緒に学生生活できたらなって思ってる。でも、吉之くんは違うんだよね?」

「……ああ。俺はこの学校に残りたい。この学校には、大切な友達がいるし、なにより姉さんがいるから」

「そっか。じゃあ、私も追試応援してるね。好きな人には幸せでいてほしいから」

「うん、ありがとう」

「でも私、諦めたわけじゃないから。吉之くんがその気になるまで、何度だってアプローチするから、覚悟しててよね」

「そ、そうか……」

「じゃあ、明日は頑張ってね」

そう言うと瞳は帰っていった。

 その夜、吉之と麗奈が一緒に夕食を食べていると

「瞳とかいう女の料理も、まあまあだったな」

と、麗奈が言った。

「最初は食べないって言ってたのに、なんだかんだ美味しくいただいちゃってるな」

「それは……私だけレトルトというのも悔しいではないか」

「はいはい」

「でも吉之の料理の方が美味いな」

「姉さん……!?」

今まで一度も吉之の料理に対してコメントをしたことのなかった麗奈が、いきなり吉之の料理の方が美味しいと言ってきて吉之は驚いた。

「今まで当たり前のように食べてきたから分からなかったが、こうして他の人が作ったものを食べてみて、改めて吉之のありがたみが分かった気がするよ」

麗奈がそう言うと吉之は、

「それ、瞳に対してはかなり失礼な発言だけどな」

と苦笑いした。

「追試、頑張れよ。次は大丈夫なはずだ。私の目に狂いはないからな」

「おう」

吉之は夕食を終えると次の日に向けて早めにベッドに入った。


 追試当日。試験は土日を利用して2日掛かりで行われた。世界史の追試に皆川の姿があるなど、どの科目も吉之以外に10人ほど受けている人が確認できたが、全科目受けている者は吉之だけであった。吉之はこの1週間で覚えた解法をひたすら問題に当てはめて試験を解いていった。そして、試験は無事に終わった。

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