麗奈の策略
吉之が1人で部屋で悩んでいる頃、麗奈は夜の校舎に隠れ潜んでいた。教師はみな自宅からの通勤であり、夜になっても残っている人は基本的にいない。その代わり懐中電灯を持った警備員が見回りをしている。麗奈は警備員の巡回をどうにか潜り抜けつつ校舎の中を移動して、職員室の前に辿り着いた。すると、職員室の入り口の窓からは微かに光が漏れていた。麗奈が恐る恐る覗き込むと、夜中まで残業をしている教師が1人いた。
「チッ、今日に限って。やっかいだな」
麗奈はそう呟いた。しばらく窓を覗き込んで見ていると、残業をしている教師が床にボールペンを落として拾おうとした。麗奈はその隙を逃さず素早く職員室の扉を開けると中に忍び込み再び扉を閉めた。
「なんとか入れたか」
麗奈はそう心の中で呟くと、残業中の教師に見つからないよう床を這っていき、吉之の担任である島原の机のところまで辿り着いた。麗奈は音をたてないように静かに机の1番下の引き出しを開けた。中には大量のファイルが入れられていた。麗奈は静かにそのファイルを取り出すと、一つ一つ表紙を確認し目的のものを探した。
麗奈は「期末試験答案」と書かれたファイルを見つけると、ファイルを開き中を確認した。目当てのものはもちろん吉之の答案である。麗奈は吉之の答案を見つけると1科目ずつ丁寧に読んでいった。麗奈は各教科の教師によって採点された吉之の答案を読んでいってあることに気付いた。それは採点基準が甘めに設定されていることだった。おそらく教師たちも吉之を留年させないようになんとかしようとしたのだろうという形跡が見受けられた。しかし、そんな教師による配慮も虚しく、吉之の答案はとても合格点に達するような内容ではなかった。
「うーむ」
麗奈は心の中で唸った。やはり答案を見たところで何か解決の糸口が見つかるわけでもないかと諦めかけた時、麗奈はもう一つ別のことに気が付いた。吉之は成績表が返却された日、真奈美に頼まれて試験で書いた答えをノートに再現していた。その時はなんとなく思い出せる答えだけを記しているのだろうと眺めていた。しかし、実際に試験で書かれた答えと、その後に再現で書いた答えは一言一句正確に一致していた。
麗奈は今までの吉之の行動を振り返った。吉之は麗奈がどこに何を置いたのかや、何が必要なもので何が不要なものなのかを正確に覚えて片付けをしていた。吉之は自分のことを頭がよくないと卑下しているが、その記憶力は驚異的なものなのではないか。麗奈はそう考えた。そして、この能力を使えば追試もクリアできるのではないかと思った。
「お疲れ様です」
麗奈が考えを巡らせていると、職員室の扉の方から声が聞こえてきた。巡回中の警備員だった。
「お疲れ様です」
残業中の教師が返事をした。警備員は扉を開けたまま職員室の中に入ってくると、残業中の教師に話しかけた。
「こんな夜遅くまで大変ですね」
「部活の方が秋の大会を控えてまして、その準備で残業ですよ」
残業中の教師は笑いながらそう答えた。麗奈は開いたままの扉を見て、今のうちに外に出ようと机の前をあとにしかけた。しかし、麗奈はファイルが出しっぱなしであることに気付いた。このままだと誰かが職員室に忍び込みファイルを漁ったとバレてしまうと麗奈は思った。そして、麗奈は音をたてないようにファイルを元の場所にしまい始めた。麗奈は生まれてはじめて片付けというものをした。
「先生は何の部活を担当されてるんですか?」
麗奈が片付けをしているすぐ近くで残業中の教師と警備員は会話を続けていた。
「バスケ部ですよ。今年は優秀な1年生が1人入部しましてね。もしかしたら10年ぶりの1回戦突破があるかもしれませんよ」
「それは凄いですね。うちの学校の運動部は基本1回戦負けですもんね」
「仕方ないですよ。みんなIQで入ってきて、スポーツで入ってくる人はいませんから」
「ちなみにその優秀な1年生って誰なんですか?」
「皆川というヤツです。彼は運動神経もなかなか良いですよ」
「ああ、あのよく遅刻してる子ですか」
「まあ、生活はちょっとだらしないですけどね。優秀な生徒にはありがちな話ですよ」
皆川という名前を聞いて麗奈は、吉之がそんなヤツの話をしていたなと思い出した。吉之はこの学園でうまくやれている、だから自分が吉之の学園生活を守ってやらなければと麗奈は思った。
ファイルをしまい終えた麗奈は、残業中の教師と警備員に気づかれないよう再び地面を這って開け放たれた扉の方へと向かい、無事に職員室から抜け出した。麗奈が寮の部屋に戻ったのは夜の10時を過ぎた頃で、これまた寮の管理人に見つからないようにこっそりと部屋に入った。麗奈が部屋に入ると、吉之が1人ベッドで寝ていた。
麗奈は自分の机に腰掛けると、吉之の能力を活かすにはどうすればいいのかを考え始めた。吉之はこの半年間勉強をサボっていたわけではなく、むしろ真面目に勉強をしていたと言ってもいいほどだ。そしてあの高い記憶力である。問題を解くのに必要な知識は十分だと考えられた。この学校の生徒は思考力に関しては高いので、期末試験で落第点を取るとしたらその原因は知識不足にあることがほとんどだった。その知識に不足がないとすれば、どうすれば試験を突破できるのか。麗奈は考えを巡らせた。そして、とある生徒のことを思い出した。その生徒は麗奈が中学の時に通っていた塾のクラスメイトであり、才城学園に入るために知能検査の問題をひたすら暗記して解き方を覚えて対策していた。その生徒は結局才城学園には合格できなかったが、思考力が求められる才城学園の入学試験も類似の問題から答え方を拝借することである程度解くことができたと言っていた。高い記憶力を持つ吉之であれば、その生徒ができなかった量の問題の解き方を覚えて対策できるのではないか。
そうして麗奈は、吉之が追試を乗り切るのに必要なのは知識の復習や問題の解き方の理解ではなく、より多くの問題の解き方を覚えることだという結論に至った。明日、吉之が起きたらこの方法を提案してみよう、そう思って麗奈も自分のベッドに潜り込み眠りについた。




