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進路面談

 夏休み明けの初日、吉之が自分の席に座って始業の時間を待っていると、隣の皆川の席からプリントの束が崩れ落ちてきた。

「うわ、大丈夫かよ」

吉之が声をかけると皆川が

「悪い悪い」

と言いながらプリントを拾いだした。吉之もプリントを拾うのを手伝うと、そのプリントは手つかずの夏休みの宿題であった。相変わらず皆川には宿題をやるという選択肢がないのだなと吉之は思った。そしてチャイムが鳴り担任の島原が入ってくると最初の夏休み明け最初のクラスルームが始まった。

「じゃあ、まずは宿題を提出してもらうぞ」

島原はそう言うと後ろの席から宿題を回すよう言う。吉之は宿題を前の席の人に渡した。そして隣をチラリと見ると、皆川が手つかずの宿題を渡しているところが見えた。白紙なら出しても意味がないのでは?と吉之は思った。しかし、そもそも宿題を提出しない生徒も多い中でプリントを渡しているだけ俺はマシだと皆川は思っているのだった。

「お前たちがこの学園に入学してもうすぐ半年になる。そろそろ最初の進路面談があるから、将来のビジョンとか少しは考えておくようにな」

島原はそう言うとホームルームを終えた。正直今のことで手いっぱいの吉之にとっては、将来のビジョンと言われてもいまいちピンとこなかった。ふと他の人はどんな将来の夢を持っているのか気になった吉之は隣の席の皆川に訊いてみた。

「なあ皆川、お前って将来の夢とかあんの?」

「神、かな」

「は?」

やはり自己紹介からぶっ飛んでいた人が常人と同じ思考をしているはずがなく、聞く相手を間違えたと思った吉之は、それ以上追及することをやめておいた。


 放課後に部室を訪れた吉之は朝の疑問を改めて部室の面々にぶつけてみた。

「真奈美は将来の夢ってあるの?」

「将来の夢?そうだね、私は大学で日本文学の研究をしたいと思ってるよ」

「おお、さすが文芸部で小説を書いてるだけある」

「あはは……」

「小説家になろうとは思わないのか?」

「うん……趣味で小説を書くことは続けるかもしれないけど、仕事にはしないかな。うち、両親が研究者だから研究の仕事の方が興味あるんだよね」

「そうなのか。真奈美のご両親は何の研究をしてるんだ?やっぱり日本文学?」

「両親は英文学の研究をしてるの。だから私も家にある英文学の作品はけっこう読んだけど、個人的には日本の文学作品の方が興味あるんだ」

「へえ。必ずしも親と同じ分野を志すわけでもないんだな」

皆川と違い真面目に将来のことを考えている真奈美の話を聞いて吉之は安心しつつも、やはり自分とは住む世界が違うなと感じていた。続いて吉之は机にぐでっと突っ伏している楓にも訊いてみた。

「楓は将来の夢って何かあるのか?」

「ニート!」

楓は吉之の方を見るとそう力強く答えた。

「それは夢なのか……?」

「夢だよ!だって勉強も仕事もしなくていいなんて夢のようじゃない!」

「そっちの夢かよ」

「夢は夢だよ」

「進路面談でもニートって答えるのか……?」

「そうだよ。だって他にやりたいことないもん」

そう話をしていると真奈美が会話に入ってきた。

「楓ちゃんはもう少しちゃんと将来のこと考えたほうがいいよ。若いうちはよくても、働いてないと年齢を重ねるごとにどんどん社会的に孤立していっちゃうことになるんだから」

真奈美の真剣なアドバイスに、いったい人生何周目なんだ?と吉之は思った。一方楓は

「えー、真奈美ちゃんは考えすぎだよ」

と文句を垂れた。真奈美の真剣なアドバイスも、楓には響かなかったようだ。吉之は、今度は楓のことを呆れた様子で眺めていた優花にも同じ質問をしてみた。

「優花先輩は将来の夢って何ですか?」

「私?私は弁護士を目指してるよ」

「そうなんですか、なんか意外ですね」

「どういう意味!?私、これでもけっこう勉強頑張ってるんだから」

「いや、先輩が勉強できなさそうとか思ったことないですけど。だいたい、この学校に来てる時点で俺以外みんな頭いいですから。でもなんで弁護士なんですか?先輩は広告代理店とかもっとキラキラしたイメージだったんですけど」

「なんか偏見がすごいわね……。私は親が弁護士だから弁護士に憧れてるの」

「やっぱり親の影響ってでかいんだな」

「そうだね、うちの親はよく法律は弱い人の味方だからって言ってて、今までに理不尽な思いをしてきた人を何人も助けてきたの。私もそんな親を見習って立派な弁護士になりたいんだ」

「なるほど、ちゃんと考えてるんだな」

「そうだよ!」

「楓はともかく真奈美と優花はそれぞれ自分の将来についてちゃんとしたビジョンを持ってるんだな」

吉之がそう言うと楓が

「そういう吉之くんは将来の夢とかあるの?」

と訊いてきた。

「俺はまだ何も考えてないな」

吉之がそう答えると楓は

「じゃあ私と変わらないじゃん」

とむすっとしながら言った。

「いや、俺は働かないとは言ってないぞ」

「でも何をするか決まってないんでしょ?じゃあ一緒にニートしようよ」

「俺を巻き込むなよ」

「えー!」

楓が再び拗ねてしまったところで今度は優花が麗奈に

「それこそ麗奈は小説家目指してるんでしょ?」

と尋ねた。麗奈は小説を読む手を止めて顔を上げると

「そうだぞ」

と答えた。吉之はそれを聞いて

「そういえば姉さんはなんで小説を書き始めたんだ?」

と尋ねた。これに対して麗奈は

「それはだな、内緒だ」

と含みのある答え方をしてきた。麗奈の顔は若干赤くなっているようだった。吉之は「なんだろう」と疑問に思いつつも、麗奈が内緒と言うってことは言いたくないことなのだろうと思い、それ以上深掘りすることはしなかった。


 次の日の放課後、吉之は担任の島原から進路面談の呼び出しを受けた。吉之が進路指導室の扉をノックすると、中から「どうぞ」と返答があった。吉之は扉を開けて中に入ると、島原と机を挟んで向かい合うように用意された席についた。

「じゃあさっそく始めるか」

島原がそう言うと吉之は「よろしくお願いします」と言い、面談が始まった。

「まず最初に、神崎は卒業後の進路についてどう考えてるんだ?うちの学校は大学に進学する生徒がほとんどだが、稀に専門学校への進学や就職を選ぶ生徒もいないことはない。神崎はどうだ?」

「大学に進学しようかと思ってます」

「そうか。何かやりたいことは決まってるのか?」

「いえ、特には……。とりあえず大学に進学して、そのあと普通に就職しようと思ってるくらいです」

「なるほど。うちの学校は2年に進級する段階で文系か理系かを選択することになるが、そうなると神崎はまだ文系か理系かは決まってない感じか?」

「そうですね……。でも、今の時点でも数学や化学は苦手なので、文系のほうがまだいいかなと思ってます」

「なるほどね。たしかに数学の教科担任からは神崎が授業をあまり理解できていない様子だと報告が上がっていたな」

「そうなんですか?」

「ああ。進路とは話が変わるが、各教科の担当教諭から神崎の授業の理解度があまり芳しくないとの報告を受けている。もちろん私の担当科目である英語も、神崎が苦しんでいるというのは把握している」

「うっ……」

「もうすぐ期末試験だが、試験の方は大丈夫そうか?」

「正直、厳しいですね……。やっぱりこの学校の授業についていくには力不足だと感じますし。俺は姉のお世話係で入学したわけですし、その辺どうにか考慮してもらえたりしないんですか?」

「私はどうにかしてやりたいところなんだが、残念ながら試験の制度は学校全体で決まっていることだから、神崎だけ特別扱いはできないんだ。仮に期末試験で落第点を取ってしまうと留年になってしまう。もちろん追試はあるが、うちの学校の追試制度はあまり救済措置という感じではないので、本試験をしっかりクリアするようにしてほしい。まあまだ試験まで2週間あるから、ちゃんと準備すれば間に合うはずだ。それにお前の姉はあの学年トップの神崎麗奈なんだしな」

「はあ……」

そうは言っても麗奈とは明らかにレベルが違いすぎてあまりあてにはならないと吉之は感じていた。そんな吉之の心配をよそに島原は進路の話に話題を戻していった。


進路面談が終わった吉之は、その足で部室に立ち寄った。

「あ、吉之くんお疲れ様ー」

吉之が部室の扉を開けて中に入ると真奈美が声をかけてきた。

「今日は進路面談だから来ないかなって思ったよ。どうだった?進路面談は」

「たいした話はしてないよ。文系と理系どっちにする予定かとか、そんな感じ。あとは期末試験の心配をされたよ」

「そっか……。先生はなんて?」

「うちの学校の期末試験は救済措置がないから、ちゃんと準備するようにだって」

「な、なるほど」

そして吉之は麗奈とおしゃべりをしている優花に気になっていることを尋ねた。

「あの、優花先輩。期末試験ってやっぱり難しいんですか?」

「ん?そうだなあ。難しいといえば難しいね。基本的にうちの学校の生徒が簡単に解けないような問題になってることが多いからね。知識と応用力どっちも要求される感じかな」

すると机に突っ伏して居眠りをしている様子だった楓が突然起き上がって反応した。

「えー、難しいんですか!?」

「少なくとも勉強しないで受けて合格点が取れるほど簡単ではないね」

「そんなあ。私この半年何も勉強してないからダメかも」

「ここからの2週間で詰め込むしかないね。じゃないと、落第点なんか取ったら留年だよ。さっき話に出てたけど、うちの学校に落第点取った人への救済措置がないのは本当なんだから。追試は一応あるけど、あれは病気とかで試験を休んだ人のための救済措置で、本試験より2週間遅いぶん問題も難しいっていう鬼畜仕様なんだよ!」

「うっ……。留年はしたくない……」

「ちなみに、去年の私のクラスにも落第点取って留年した人いたよ」

これに対して吉之が

「本当にいるんですね……。ということは、その人は今うちの学年に紛れてるってことですか?」

と尋ねると、優花は

「そうだね。きみたちのクラスじゃないみたいだけど、どこかにいるはずだよ」

と答えた。

「お世話係で入った俺も、他の人と同じ基準で評価されて落第点取ったら留年って言われたんですよね」

そう吉之が言うと優花が

「まあ留年しても麗奈のお世話は継続できるしね。麗奈はあと1年半で卒業だから、その間しっかりお世話してくれれば、あとは適当に退学してって感じなんじゃない?」

と冗談めかして言った。

「俺に人権はないんですか!?」

冗談じゃない、俺にだってその後の進路があって人生があるんだ、留年も退学もご免だと吉之は思った。そんな吉之たちのやり取りを黙って聞いていた麗奈は目をパチクリさせて呟いた。

「お前たち、何を騒いでいるんだ?期末試験なんてただ受けるだけじゃないか」

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