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夏休みの宿題

 夏休みもいよいよ後半に入り、吉之はこのままでは全く宿題が終わらないということに焦りを感じていた。やはりこんな調子では自分に彼女なんて100万年早いと吉之は思った。

 ある日、真奈美から吉之にDMが送られてきた。

「吉之くん、今日このあと駅前のファミレスで楓ちゃんと勉強会するんだけど、吉之くんも来る?」

このメッセージに吉之は即座に反応した。

「行きます!」

そして吉之が駅前のファミレスに着くと、店内から手を振っている真奈美の姿が窓越しに見えた。吉之はさっそく店内に入ると真奈美と楓が向かい合って座っている窓際の席に向かった。

「吉之くん、こっちこっち!」

真奈美がそう声をかける。吉之はその呼びかけに答えるように真奈美の隣に座った。真奈美の頬が少し赤くなった。一方楓は、数学の問題を前に「うーん」と唸っていた。

「呼んでくれてありがとな」

「ううん、吉之くんも宿題困ってるんじゃないかと思って」

「うっ、その通りだ……」

「吉之くんはどこまで進んだの?よかったら見せて」

真奈美にそう言われた吉之は鞄から宿題の束を取り出した。

「まだこれだけしかできてない……」

「あ、でもちゃんとやろうとはしててえらいね。楓ちゃんなんて今日私と会うまで一切手をつけてなかったんだよ」

「だって、やる気にならないんだもん!」

楓は顔を上げるとそう文句を言った。

「でも楓ちゃんこのままサボってたら留年だよ?」

「はい……」

楓は悲しそうにそう一言呟くと再び宿題に目を向けた。

「真奈美はもう宿題ほとんど終わってるのか?」

吉之がそう尋ねると真奈美は

「私もまだ半分くらいかな。やっぱり小説を書くのが大変で宿題は後回しになっちゃって」

「そっか。しかし、なんでうちの学校の宿題は解答渡してくれないんだ?これじゃ分からない問題は一生分からないじゃないか……」

「それは、答え写して出す人がいるからじゃないかな……」

「うっ……」

「まあ、分からないところは私も見てあげるから、一緒に頑張ろう」

「ああ、ありがとう」

 吉之はまず楓も取り組んでいる数学の宿題に着手した。この学校の宿題は量が多いというよりとにかく難しい。各教科の教師が独自に作成した問題が並んだプリントが渡され、どこかの大学の入学試験から持ってきた問題ではないため調べても答えは出てこない。発想の転換や独特な式変形が必要な問題が多く、吉之はほとんど理解ができないまま真奈美が教えてくれた通りに答えを記入していった。

「とりあえず答えは書けたけど、なんでこうなるのかさっぱり分からない……」

吉之がそう呟くと真奈美が

「大丈夫だよ、吉之くんも段々コツがつかめるようになってくるはずだから」

と慰めた。果たしてそうだろうかと吉之は不安に感じていた。一方楓は、宿題の半分以上を埋め終わったことで「これで落第回避~」と上機嫌であった。

 その後2人は英語の宿題に取り掛かった。英語の問題も癖のある難問が多く、特に英文和訳と和文英訳の問題は吉之を苦しめた。

「ここは直訳だと意味が通らなくなっちゃうから、前の文と見比べることで単語を補わないといけないんだよ」

知っている単語を組み合わせて意味の通らない分を量産していた吉之に対して真奈美がそう指摘を入れた。

「む、難しいな……」

「うわー、何が分からないのか全然分からないよ!」

英文和訳の問題とにらめっこを続けていた楓が叫んだ。

「楓ちゃんはまず語彙力が足りてないから、ちゃんと単語や熟語を覚えないとね」

「えー、だって単語帳を眺めるのつまんないんだもん」

「でも単語を知らないことにはいくら考えても解けないでしょ」

「はあ……」

ため息をつきながら楓は分からない単語をスマホで調べようとした。

「楓ちゃん、単語を調べるのはいいけど、ちゃんと調べた単語は忘れないようにメモしておかないとダメだよ」

「はーい」

真奈美に釘を刺された楓は渋々ノートに単語を書き連ねていった。その後も吉之と楓は答えを真奈美に教えてもらいながらどうにか宿題を進めていった。しかし、数学と英語がひと段落つく頃には外はすっかり日が暮れていた。

「暗くなってきたし、そろそろ終わりにしようか」

真奈美がそう言うと吉之は

「なんか、勉強会のはずなのに教えてもらってばっかで悪いな」

「気にしないで、私も2人と一緒に勉強できて良い気分転換になったから」

「うぅ……真奈美ちゃん、ありがとう」

楓はそう言いながら真奈美に対して手を合わせていた。

「楓ちゃんはやればできる子なんだから、あんまりサボらないようにね」

「はい……」

その後、3人は寮への帰路についた。道中吉之は真奈美に小説の進捗を尋ねた。

「そういえば小説の方は進んでるのか?」

「だいぶ進んだよ。ただ、最後をどう表現するかでまだ迷ってて……」

「そっか。応募締切っていつだっけ?」

「9月10日だよ。ただ、そこまで引っ張っちゃうと期末試験に影響が出そうだから、できれば夏休みのうちに完成させたいんだ」

「そういえば来月は期末試験があるのか、大丈夫かな……俺」

「吉之くんはちゃんと勉強してるし大丈夫だよ。それより心配なのは楓ちゃん」

「わ、私だって試験の前の日くらいは勉強するもん!」

「前日から始めたんじゃ間に合わないと思うよ?」

「私は落第点さえ取らなければそれでいいから大丈夫!」

「もう……」

 その後寮の前に着いた3人は自分の部屋へと戻っていった。吉之も部屋に戻ると……1日片付けを休んだだけで床がゴミだらけになっていた。麗奈は相変わらずだなと呆れながら吉之は部屋を片付け夕食を用意した。

 その日の夕食の席で吉之は

「今日は真奈美と楓と勉強会をしたんだ。いやー、真奈美のおかげで助かったよ」

と言うと麗奈がピクッと反応した。

「そ、そうか……」

「姉さんは宿題とかどうしてるんだ?とても勉強してるようには見えないけど」

「宿題?私には出されたことないが」

なるほど、どうせ何も言われなくても学年トップの成績なのだから、宿題も免除されているのか、どんだけこの学校は姉さんに甘いんだ?と吉之は思った。

「それでどうやって学年トップの成績を取ってるんだ?」

吉之が尋ねると麗奈はポンと胸を叩いて自信満々に答えた。

「もちろん授業をちゃんと聞いているからだ」

「いや、それはみんなそうなんだけど」

 この学校は教師のレベルが高い。IQ148以上の天才だけが集まる学校とあって、そうした生徒を相手に後れをとらないような人が教えている。そのため、ほとんどの生徒は真面目に授業を聞いている。もちろん中には教師のことを舐めきって授業もろくに聞いていない生徒もいなくはないが、そういう人はごく少数だ。

「単語覚えたりとかそういう暗記系はどうしてるんだ?全部を授業で教えてくれるわけじゃないだろ?」

「私は授業をちゃんと聞いてるとは言ったが、授業中に他のことをしてないとは言ってないぞ」

「どんなマルチタスクだよ」

「授業の時間は1日の中でも一番長いからな。時間は有効的に使わないと、小説を書く時間がなくなるだろ」

「まあたしかにそうだけど。あの進度の速い授業まともに聞きながら他のこともできるの姉さんくらいだと思うぞ。真奈美だって進むのは速いって言ってたくらいだし」

「そうか?私からしたら遅くて退屈なくらいだ」

「はぁ……」

こと勉強の話においては、頭の出来が違いすぎて姉とは話が合わないなと吉之は感じていたのだった。


 そして、夏休み最終日。吉之が自分の部屋で机に向かい、目の前にあるまだ半分ほど残っている宿題に絶望していると、麗奈が部屋に入ってきて声をかけてきた。

「吉之、今日は部室で読書会をしようと思う」

「読書会?」

「ああ。さっき真奈美から連絡があって小説が完成したらしい。私も完成しているから、ここは文芸部で集まって読み合わせをしてみるのがいいだろう」

「でも俺、まだ宿題が……」

「そんなもの、終わってなくてもうちの学校ならどうとでもなる。さあ行くぞ」

そう言うと麗奈は吉之の手を取り、文芸部の部室へと駆け出した。

 麗奈と吉之が部室に着くと、優花と真奈美、楓の3人が待っていた。真奈美は原稿用紙の束を胸に抱えていた。きっとこれが今回の新作なのだろう。

「よし、みんな揃っているな」

麗奈は定位置の窓際の席に座ると文芸部の面々を見渡した。

「では読書会を始めようか。お前たちは私の小説と真奈美の小説どっちから読みたいんだ?」

麗奈がそう言うと真奈美が

「あ、あの、できれば私は先輩の前に読んでもらいたいんですが……」

と言ってきた。これに対して麗奈は

「そうか、では真奈美の作品から読んでもらうことにするか」

と言って真奈美から原稿を受け取り吉之と楓と優花に配った。

「き、緊張しますね……」

真奈美は不安そうに呟いた。優花も楓も読むのが速く、小一時間ほどで読み終わった。そしてまだ吉之が読み終わっていない横でキュンとした場面などについて感想を言い合っていた。真奈美は5人分の紅茶を淹れ、吉之を除く4人は感想も話し終わりすっかりくつろぎモードに入っていた。吉之がようやく真奈美の小説を読み終わると

「ど、どうでした……?」

と真奈美が不安そうに問いかけた。

「面白かったよ!これなら大賞もいけるんじゃないか?」

「ほ、ほんと?ありがとう!」

吉之の忌憚のない感想に真奈美はホッと胸をなで下ろした。実際、普段あまり本を読まない吉之でも一気に読み終えてしまうくらい真奈美の小説はよくできたものだった。吉之が真奈美の小説の余韻に浸っていると麗奈が

「じゃあ次は私の小説を読んでもらおうか」

と言ってきた。これに対して吉之が伸びをしながら答えた。

「俺はパスでいいか?さすがにここからもう一冊読むのはキツイ」

「なっ……!姉のせっかくの力作を読まないというのか?」

「いや読まないとは言ってないけど、今日はもう読んでも頭に入ってこないと思うぞ」

「くっ……!(真奈美じゃなく私の方を先に読んでもらえばよかった)」

「ん?今なんて?」

「なんでもない!もう吉之なんか知らん」

そう言って麗奈は明らかに拗ねてしまった。これを見て優花と楓は慌ててフォローした。

「わ、私は麗奈の小説読みたいよ!」

「私も先輩の小説読みたいです」

「そ、そうか?」

2人のフォローに麗奈は少し機嫌を取り戻し、2人に原稿を渡した。優花と楓はまたしても小一時間ほどで読み終えると、お互いに感想を言い合った。

「切なくて感動しました!」

「私も!麗奈が書く話は本当に泣けるよね」

優花は目に涙を浮かべながらそう語った。麗奈は満足そうに

「そうだろう、そうだろう」

とうなずいた。2人の様子に吉之も少し内容が気になり始めていた。

「吉之くんもあとで絶対読んだ方がいいよ!」

吉之が興味を持ち始めているのを察した楓がそう吉之に声をかけた。

「ああ、今度読んでみるよ」

吉之はそう答えた。

「吉之も読んだら感想を教えてくれよな」

その後も2人はしばらく麗奈の小説の感想を言い合った。話も落ち着いてきたところで吉之が楓に質問をした。

「そういや、楓は夏休みの宿題終わったのか?」

「ん?前に一緒にやった時から手をつけてないよ」

「おいおい大丈夫なのかよ」

「こんなのは少しでもやってればいいんだよ!そう言う吉之くんは、宿題全部やったの?」

「いや、俺もまだ半分くらい残ってるけど」

「じゃあ私とそんなに変わんないじゃん。大丈夫、大丈夫!」

「大丈夫かなあ……」

 気が付くと外はすっかり暗くなっていた。「今日は解散にしようか」という優花の一言でこの日の文芸部の活動は終わり、5人はそれぞれ寮の部屋へと戻っていった。結局吉之は学校の宿題が半分ほど残った状態で夏休み最後の1日を終えた。今から麗奈に解いてもらって少しでも穴を埋めるという選択肢も吉之の頭によぎったが、部室で麗奈の小説を読むのを断った手前、宿題の手伝いを頼むのは気が引けたのだった。

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