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夏祭り

「瞳……?」

吉之はそう呟いた。少女は「うん、久しぶり」と言うと照れ笑いを浮かべた。彼女は結城瞳、吉之とは中学生の時に同級生で、吉之が所属していた陸上部のマネージャーでもあった。

「中学の卒業式以来だな。瞳は今どこに通ってるんだ?」

吉之がそう尋ねると瞳は海の方を眺めながら答えた。

「西高だよ」

「そうなんだ」

西高は吉之が才城学園に呼び出される前に進学する予定だった高校だ。

「瞳も合宿かなんかで海に来たのか?」

「ううん、私は家族と旅行で」

瞳はそう答えると続けて

「合宿ってことは、吉之くんは部活の合宿で来たの?まだ陸上続けてるの?」

「いや、今は文芸部にいるんだ」

「そうなんだ。学校、楽しんでるみたいだね」

「まあ、それなりにな。学校の勉強は大変だし周りは変な人も多いし、なかなか馴染めなかったけど、部活のみんなは優しくていい奴ばっかだ」

「よかった。私心配してたんだ。吉之くんが才城に進学することが決まったの、けっこう急だったから」

「そうだな、俺も元々は西高に行くつもりだったからな。そしたら、瞳とは同級生だったかもしれないな!」

「そうだね……」

吉之がそう笑いながら言うと、瞳は表情を曇らせた。

「ねえ、吉之くん」

「ん?なんだ?」

「来週の週末って予定あったりする?もしよかったら、うちの近くの夏祭りに一緒に行けないかな?ほ、ほら、中学の同級生もたくさん来るし!」

「おう、いいぞ」

「本当!?ありがとう!」

そう言うと瞳の表情は一気に晴れ渡った。吉之は続けて

「また久しぶりにみんなにも会いたいしな」

と言うと瞳も「うん!」と返した。そして

「じゃあ、私そろそろ戻らないと。待ち合わせ場所と時間はあとでDM送るから確認してね」

と言うと嬉しそうに反対方向へと帰っていった。

 吉之はその後もしばらく海辺を散歩した。西高は吉之の中学の同級生が多く進学した高校だ。もし吉之がそのまま西高に進学していたら、今とは全く違った高校生活になっていただろう。良くも悪くも中学の時からの腐れ縁が続き、特に考えることもなく陸上部に入り続け、瞳ともまた同じ部活で時間を共にしていたのだろうか。吉之はあったかもしれない別の高校生活を想像しながら過ごした。そして日付も変わった頃に別荘へと戻ると、疲れからか今度はすぐ眠りについた。


「吉之くん、朝ごはんできてますよ。起きてください」

翌日、吉之はぐっすり眠っているところを真奈美に起こされた。

「は!今何時だ!?」

吉之が真奈美の声にガバっと布団から起き上がると、真奈美は笑顔で答えた。

「8時半です」

吉之と真奈美がリビングに下りると、そこには6人分の朝食が用意されていた。

「遅いぞ、吉之」

既に席についていた麗奈がそう吉之に言う。麗奈より後に起きてくることになるなんてと吉之が思っていると

「麗奈も今起きてきたばっかだけどね」

と美波が付け加えた。さらに美波は

「真奈美が朝早く起きて朝ごはんの準備をしてくれたんだよ、だからみんな真奈美に感謝して食べてね」

と言って自分も席についた。

「いえ、色々用意してくれたのは美波先輩ですから……!」

「私はこの家の主としてみんなをもてなす責任があるからね」

そして吉之と真奈美も席につくと6人は朝食を食べ始めた。

「美味い!」

吉之がそう言うと真奈美は嬉しそうに

「よかった、それ私が焼いたんだ」

と言った。朝食が終わると吉之は1人で後片付けをした。普段姉のお世話ばかりしている吉之にとって、昨夜と今朝のように誰かの世話になることは珍しく、内心そわそわとした気持ちでいた。麗奈は普段から何の迷いもなく吉之のお世話に甘えているが、誰かの世話になるのもまた才能というか向き不向きがあるのだと吉之は感じていた。

 片づけが終わると一行は昼前に別荘を出て駅に向かった。帰りの道中では、途中下車をして美波がおすすめする景色の良いパン屋に寄り昼食をとった。電車の中では相変わらず麗奈と真奈美が原稿を眺めながら表現について相談を重ねていた。一方吉之の隣では遊び疲れた楓が眠りにつき、吉之の肩にもたれかかっていた。ほんのりと香る良い匂いに吉之がドキドキしていると、それを見透かしたように優花が

「あれ?きみたちそんなに仲良かったんだ?」

とニヤニヤしながら言ってきた。吉之は楓を起こさないように小声で「違いますよ」と言ったが、美波も「青春だねー」と便乗してきた。

 一行は学園の寮まで戻ってくると「ありがとう」「楽しかったね」などと言い合ってからそれぞれの部屋へと帰っていった。その後、夜になって片付けも済んだところで吉之はいつものように2人分の夕食を用意し麗奈と吉之は席についた。

「吉之も楽しかったか?」

麗奈がそう尋ねると吉之は

「ああ。突き指をしたときは大変だったけど」

と答えた。

「ははは。まあそれも良い思い出になるだろうさ」

麗奈はそう言うと続けて

「吉之はこのあとの夏休みの過ごし方は決まってるのか?」

「来週末に一度実家に戻ろうと思う。地元の友達に夏祭りに行こうって誘われたんだ」

「そうか、なら私も一緒に実家に戻ろうかな」

「それがいいんじゃないか?去年は戻ってきてないだろ?父さんも母さんも心配してるぞ、色々と」


 次の週末、麗奈と吉之は久しぶりに帰省をした。麗奈と吉之の変わらない様子に吉之の両親は安堵の表情を見せ、4人は約1年半ぶりに夕食の席を共にした。吉之の家は至って普通のサラリーマンの家庭だ。そのため娘が才城学園にトップで入学するなど想像もしておらず、最初は戸惑った。それでも吉之がお世話係で才城学園に入学してからは姉弟で上手くやっているだろうと以前よりは安心して見ているらしい。一方で吉之の成績のことについてはやはり不安があるらしく、くれぐれも留年はしないようにと吉之は両親から念を押された。

 翌日、吉之は瞳に誘われた夏祭りへと向かった。夏祭りは毎年8月に中学校の近くにある公園で行われる。規模としてはあまり大きいものではないが、屋台が並び盆踊りなども開催される。吉之が公園の入り口で待っていると、浴衣姿の瞳が現れた。

「ごめん、待たせちゃった?」

「いや、今来たところだから」

またしてもデートの際の定番のやり取りをして、吉之と瞳は祭りの会場へと入っていった。2人は射的や金魚すくい、くじ引きなどを楽しみ、時間が流れていった。

「何か食べるか?」

吉之がそう尋ねると瞳は

「りんご飴が食べたい」

と答えた。2人がりんご飴のお店の前に来ると、そこでは中学の時の同級生の高橋が店の手伝いをしていた。

「あれ、高橋?」

吉之がそう声をかけると

「お、神崎じゃん、久しぶり」

吉之に気づいた高橋もそう答えた。続けて高橋は

「まさかお前が才城に行くとはな。学校はどうなんだよ。やっぱり大変か?」

「まあな。正直、他とは頭の出来が違いすぎて全然ついていけてないよ」

「おとなしく西高に行ってればよかったのに。こっちは気楽なもんだぞ」

「そうは言うけどさ、やっぱり姉さんはほっとけないし」

「まったく……。そうやって姉の心配ばかりしてて大丈夫なのか?」

「どういう意味だよ」

「そろそろ彼女とかできたのか?うかうかしてると高校3年間なんてあっという間に終わっちまうぜ」

そう言うと高橋は瞳に軽くウィンクをしてみせた。

「バカ、彼女どころじゃねーよ俺は。そういうお前はどうなんだよ」

「俺はもちろんできたぜ。付き合ってもうすぐ2か月だ」

「な……!お前が!?」

「なんだその反応は。俺はこれでもうちの高校じゃバスケ部期待の新人だぜ」

「たしかにお前運動神経だけはいいもんな」

「”だけは”は余計だ。まあ、お前も少しは自分のこと考えた方がいいぜ、俺から言えるのはそれだけだ」

「はいはい」

りんご飴屋を後にすると瞳が俯きながら吉之に尋ねてきた。

「私ね、吉之くんが西高受けるから西高にしたんだ」

「え?」

「吉之くん、優しくて気が利くし、だけど抜けているところもあって一緒にいて楽しいし。本当は西高で吉之くんとまた同じ部活に入って一緒に過ごしたいなって思ってた」

「……」

「吉之くん、好きです。私と付き合ってください」

瞳は吉之の目をまっすぐ見つめると、そう告白した。

「え……?」

瞳からの告白に吉之は驚くと同時に、周囲の喧騒が一気に静まり返るような感覚に陥った。大勢の人が賑わう祭りの会場は、突如吉之と瞳の2人きりの空間へと変わった。

「ダメ……かな?」

瞳が不安そうに尋ねると吉之は、

「俺は……そうだな。付き合うのは無理かな」

「ど、どうして?」

「俺が今いる環境は全寮制で、付き合ったとしてもほとんど会えない。それに俺は学校の勉強と姉さんの世話で、正直余裕がないんだ。瞳のこと、幸せにしてあげられるとは思えない」

瞳の目に涙が浮かびだした。

「そんなの、私は気にしないって言っても?」

「うん、俺は気にするから。勝手だけど、ごめん」

「……から」

「え?」

「私、諦めないから!」

瞳は再び吉之の目をまっすぐ見つめると宣言した。

「今はダメでも、私は諦めない!吉之くんがその気になるまで、何度だって告白するから」

そう言って涙を拭うと、瞳は走り去っていった。

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