天才だけが入れる高校
四月、桜が舞い散るなか新たな学校生活に期待をふくらませ歩みを進める新入生たちの中に、1人不安で胸いっぱいになっている男がいた。
神崎吉之。先月までごく普通の中学生だった。彼が不安に包まれている理由は、彼がこれから通うようになる高校、才城学園にあった。
才城学園は日本で唯一入学試験に知能検査を取り入れており、IQ148以上の天才だけが入学できる特殊な高校だ。平凡な中学生だった吉之は当然、こんな高校に普通に入れるはずもなく、去年からこの高校に通う姉を助けるために特別に入学を許可されたのだ。
世話になった姉のためだと、当初進学予定だった高校を辞退し才城学園に入学手続きをしたはいいものの、自分には才能などなく確実に場違いになることを危惧し、校舎に近付くにつれて不安は増すばかりだった。吉之の脳内には、メガネを光らせたいかにも天才と言わんばかりの学生が威圧感たっぷりで待ち受けている想像が駆け巡っていた。
そんな想像もあってか、いきなり教室に飛び込むことができず、吉之は廊下から窓越しに教室の様子を覗き込んだ。前の方の席で楽しそうにおしゃべりをしている3人ほどの男女のグループが2つあった。意外と普通かもと思ったのも束の間、次に吉之の目に飛び込んできたのは驚きの光景の連続だった。
まず吉之の目に映ったのは白い仮面を被り黒いマントを纏った性別不明の学生。熱心にノートに何かを書いているようだ。……何故?あの仮面とマントは何なんだ?吉之の頭には疑問しか浮かばなかった。
次に吉之の目に映ったのは、机にうず高く本を積み上げ、周りの床は物で散乱した状態のこれまた男女が廊下からは確認できない学生。……何故?まだ入学式も始まってないのに、何であんな散らかっているんだ?吉之の頭にはまたしても疑問しか浮かばなかった。
次に吉之が見たのは、長く伸ばした髪を後ろで束ねた、沖田総司を彷彿とさせる出で立ちの男。やっと性別のわかる人だ。ちなみに出で立ちこそマンガやアニメに出てくる沖田総司そのものだが、顔はそこまで整ってないようだ。彼もまた机で何かを書いているようだが、彼が握っているのはペンでも鉛筆でもなく筆であった。……何故?あの髪型もそうだが、筆で書をしたためるとかいつの時代の人間なのか?吉之の頭にはまたしても疑問しか……ここで吉之はついに疑問に思うことを放棄した。
その隣にはピンクのモヒカンが目立つ男が1人座っている。おそらく、こんなのがこの学校にはいっぱいいて、いちいち突っ込んでいたら間に合わないのだ。吉之はそう自分を説得した。
「おい、もう時間だぞ。早く教室に入らないか」
吉之が廊下から教室の様子を覗きあれこれ考えているうちに、いつの間にか朝のホームルームの時間が来てしまっていたようだ。担任の先生とおぼしき人物に声をかけられ、吉之は慌てて教室に入り事前に指定されていた席についた。
席は一番後ろ。吉之はとりあえず目立たない位置でよかったと一安心したのも束の間、隣の席を見て一気に不安になった。隣の席には先ほど吉之が教室の外から様子を伺っていた時に目立っていた、机にうず高く本を積み上げて周りの床を物で散乱させていた学生がいた。吉之が本の隙間から中を覗き込むと、そこにいた学生は男子であった。この人とは上手くやっていけるのだろうかと吉之が不安を感じていると、先ほど声をかけてきた担任の先生とおぼしき人物が教壇で話を始めた。
「俺が今日からこのクラスを担当する担任の島原だ。よろしく。まずお前たちに言いたいのは、ここは天才を集めたエリート校なんかじゃないってことだ。お前たちが高いIQを持った生徒だということは、今この場にいるということからも証明されている。しかしだ、中にはその高いIQ故に小中学校の科目など何の勉強もせずともテストで点が取れ、勉強習慣が全くないヤツや、自分は何でもできるし全てにおいて正しいなどという間違った全能感を抱いてるヤツすらもいる。ここはな、そういったお前らの根性を叩き直し、正しい知性を身に付けて先の人生に進んでもらう場だ。これから3年間みっちりしごいてやるから覚悟しておけ!」
教室は一瞬静まり返り、その後ポツポツと拍手が起こって終わった。まあ、いきなりそんな発破をかけられたらこんな反応にもなるだろうと吉之は思った。
その後のホームルームは今後の予定や時間割など、よくある感じで進んでいった。そして入学式が執り行われたが、こちらも特に変わった催しというのはなかった。最初の教室の様子と担任の言葉には面食らった吉之だったが、その後は流れに沿って無事に初日を終えることができたのだった。
午前の催しが終わり休み時間に入ると、吉之は隣の席の学生に話しかけられた。
「よろしく」
吉之が隣を向くと、隣の席の学生が本の山から顔を出していた。
「こ、こちらこそ、よろしく」
吉之がそう返すと、隣の席の学生は
「俺は皆川悠斗。君は?」
と尋ねてきた。
「神崎吉之だ」
吉之がそう答えると、皆川は続けて質問した。
「神崎か。この学校には1人で進学したのか?それとも、同じ中学の人も来てるのか?」
「1人だ。だから正直不安だったんだ。話しかけてくれるヤツがいて助かったよ」
「俺も1人なんだ。隣同士になったのも何かの縁だ。仲良くしてくれ」
初日から机の周りを散らかしていてどんな人かと不安だった吉之は、皆川の見た目も口調も普通そうな感じにひとまず安心した。
「そういえば、入学前に出された宿題ってやった?」
皆川にそう尋ねられた吉之は
「宿題?なんだそれ」
と返した。入学式も直前に迫った頃に依頼を受けて入学手続きをした吉之は宿題のことなど誰からも聞いておらず、まさに寝耳に水であった。そんな吉之の事情など知らない皆川は
「お!お前やるなあ。入学前から宿題を無視するなんて」
とニヤニヤと笑った。吉之は初日からこんなことを頼むのも気が引けると思いながらも、皆川に宿題を見せてくれないかと頼んだ。すると皆川は
「悪いがそれは無理だ。俺もまだやってないからな。まあこの休み時間にチャチャっと終わらせればいいのよ」
と言って宿題と思しきプリントの束を取り出して問題を解きだした。吉之は担任の島原の「中にはその高いIQ故に小中学校の科目など何の勉強もせずともテストで点が取れ、勉強習慣が全くないヤツや、自分は何でもできるし全てにおいて正しいなどという間違った全能感を抱いてるヤツすらもいる」という言葉を思い出した。今目の前のいる皆川こそ、島原の言う学生そのものだろうと吉之は思った。
休み時間が終わり午後のホームルームが始まると、入学前の宿題を提出するよう求められた。皆川は提出の直前までシャーペンを走らせていたが、結局2割も終わっていない様子であった。いくら高いIQを持っていても、10分そこそこの休憩時間で束のように出された宿題が終わるわけではないのだなと吉之は思った。しかし、皆川はまるで全部やりましたとでも言うかのように自信満々な様子で宿題を前に回していた。
午後のホームルームが終わり放課後になった。そそくさと教室を後にする者や残って談笑を続けている者などがいるのをよそ目に、吉之は早く姉に合流しなければと思いながら帰り支度をしていた。すると、担任の島原が吉之に声をかけてきた。
「神崎、ちょっと来てもらえるか?」
「はい、大丈夫ですけど」
そうして島原に連れられて吉之がやって来たのは、この才城学園の理事長室であった……。