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第4話 暖炉のある暮らし

 俺はしばらく茶髪の少女と顔を見合わせっぱなしだった。


「こちらはアマネ様が連れ帰ってきた男の人でございます」


 茶髪の隣に立っている少女が紹介するが、俺はこの口調を聞いた瞬間に確信した。

 この白髪の少女はマーケットだ。間違いない。


「へー、あの子もついに男を家に持って帰るようなお年頃になったんだね」


 そう言うふうに語る茶髪の少女は、見たところそこまでアマネと年齢が離れているようには見えない。


「俺は、バルトロメオ。よろしくね」


「そうなんだね、バルトロメオって言うんだ、よろしく〜……って!」


 上裸の少女がそのまんま俺に急接近して、胸ぐらをつかみかかった。怒っていることを隠そうともしていなかった。

 俺は下心を見せないために胸に目を向けないことに必死だった。それでも掴み掛かられているので、片方の膝は確かに柔らかな感触を味わっていた。


「なんであんたいきなり来た客人の分際で私のプライベートな空間にいるわけ? 普通に人としてあり得ないんだけど。しかもベッドに入るなんて、本当にきもい奴じゃん」


 もう既に致死量のダメージを言葉によって受けていた俺は素直に聞くことしかできなくなっていた。何かしてくれ、とマーケットの方を横目に見た。

 マーケットは母性溢れる笑顔のまま、少し口角が震えさせていた。


「こんな変態クソキモムッツリ美青年には私の名前なんていうもんですか。バルトロメオ、あんたの名前は覚えたわよ!」


 そのセリフが終わると同時に、俺は背中を何かに押されて部屋の外に出されていた。

 部屋のドアが閉まる前の最後の光景は、足の裏を向けて立っている少女の姿だった。


「ちょっと待ってくれ、話せばわかるから! あれは事故であってね…」


 叫びも虚しく、ドアの鍵がガチャッと閉まる後に俺の声は遮られた。なんだよ、あのツンデレ女。


 ドアの前にただ二人残された俺とマーケット。


「本当に申し訳ございません。私の至らなさで、バルトロメオ様に不愉快な思いをさせてしまって…」


「全然大丈夫ですよ。ーーそれよりもマーケット、そのお姿はなんですか」


 俺はついでに先ほどから一番気になっていたことを訊ねた。この白髪のいやに恭しい少女がマーケットなのはなんとなくわかるのだが、なぜこんな姿になっているのか。


「これですか? ーー老人にトラウマがある人間たちと言うのもこの世にはいましてですね。そう言う人たちと接するときのために私が開発した変身魔法です」


「いい魔法ですね、それ」


「ありがとうございます」


 マーケットは俺の前では姿を元のご老体と表す以外他ならないフォルムに戻すのかと思いきや、戻さずに歩き始めた。

 俺もそれについていく。

 マーケットは歩き始めてからすぐに歩みを止めた。


「この姿は、嫌ですか? お気に召さないようでしたら全然戻れるんですけれども」


 唐突に訊かれて動揺した俺は反射的に口が走った。


「いやいやいやいや全然全然そんなことないです。めちゃくちゃタイプです。なんかすごく面倒見のいいお姉ちゃんって感じで」


 言った直後、俺は後悔した。まるでありのままの『マーケット:おばあちゃんの姿』を全否定してしまうが如く言い方をしてしまった。全然そんなことないです。中身がすごく奉仕的なので本当に素敵な優しいいい人だと思ってます。ここまでの反省で〇.五秒ほどだった。

 

 マーケットは俺の方を見て、告げた。


「こちらがバルトロメオ様のお部屋になります。先程は失礼致しました。あちらのお部屋と比べますとすこし欠陥と言いますか難点がありますが、それでも今残っている部屋で一番いい部屋でございます」


「入ってみたら、さっきみたいに実は別の人が先に使いまくっていた部屋だった、みたいな事態は…」


「ご安心ください。もう起こりません。ただひとつ悩ましいのは、この部屋は隣がパルフィ様のお部屋になっておりますので、トラブルが起こる可能性がございます」


 なるほど先程少女とトラブった部屋の隣か。どうりで移動距離が極端に少なかったわけだ。

 …って、これやばくね? 普通にものすごく気まずいし、落ち着いていられない。いつあの人に殴り込まれるかわからない日々が始まるっていうことなのか?


「ご安心ください。壁は分厚いし、今のところパルフィ様にはあなたが隣の部屋の人間だということは伝えるつもりはありません」


 俺の心を読んだのか、一安心出来るような回答が返ってきた。


「ではこちらがあなたのお部屋でございます」


 マーケットが扉を開けると、そこには赤色に囲まれた空間が広がっていた。床に敷いてある高級レストランのような赤い絨毯を、壁や天井と、ほとんど全部の面に貼り付けたような感じだ。

 確かに先程トラブルに巻き込まれた部屋よりかは少し狭く窮屈な気はする。しかしほぼ同じ位置にバルコニー付きの窓とダブルベッドと机が設置されていた。

 更には、部屋の奥には暖炉があった。


「すごいいい部屋じゃないですか、暖炉付きなんて!」


 驚くほどステレオタイプなヨーロッパ金持ちの家といった雰囲気の一室に、俺は興奮を隠しきることができなかった。憧れてしまうのも無理もない。前世ではこれも驚嘆すべき粗悪な環境下で歪んだ愛を受けて生活していたのだから。

 むしろ暖炉があるという点においては、全然さっきの部屋なんかよりもいい待遇なんじゃないか、という気さえしてきた。


「いやもうまじで、本当にありがとうございます! 暖炉付きなんてこんなにいいお部屋を俺にくださって」


 反射だけれども、確かに心の底から出た言葉だと思う。


「いえいえ、そんな。滅相もございません。ただあなたに相応しいと思うお部屋を私なりの眼で選ばせていただいた次第ですから。ご満足していただけたようでしたら嬉しいです」


「本ッ当、ありがとうございます。俺これからこの部屋で生活していきます!」


 俺はとりあえずベッドに勢いを緩めた上でダイブして、先刻パルフィという少女に蹴られた腰を慰めてやった。


「じゃあまた何かこの部屋に欲しいものがありましたら、いつでも何なりとお申し付けください」


 仰向けになって聞いてきたから、頷くことができずに、「わかりました」と相槌を打った。

 しばらく寝転がっているうちに腰の痛みはだいぶ和らいできたようだ。


 俺は重い服からも解放されたくなってきたので、せめて軽くなってくれと青いジャケットをベッドの上に脱ぎ捨てた。


「もう元気になりました。屋敷のこと、もっと案内してください」


「承知しました」


 手を胸に当てて律儀にお辞儀をしたマーケット。俺はマーケットの背中を追って歩いていく。

 マーケットが歩き続けている時は歩き続ける。立ち止まった時は立ち止まる。話しかけてくれた時は応対してみる。


 俺は今度こそ本当に自分に与えられた自分自身のための部屋を後にし、マーケットの歩いている方向へと進んで行った。

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