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第2話 屋敷から、屋敷へ

 俺はその少女の笑みを見て、確信した。


 クソ姉貴と同じタイプの表情だ。何かに対して強い執着を抱いているもの特有の野心のようなものが瞳の奥から感じられる。でもその対象が俺なのかと言うと、そうではないと思う。これは勘だ。

 その少女は茂みから強引に自身の足を抜き出すと、ゆっくりと俺の方へと歩み寄ってきた。


「ねえねえねえ、あんたこの屋敷の『第二王子』でしょ。その服装」


 その少女も中性的ないかにもなお姫様という感じのピンクのドレスを身にまとっていた。


「え、ねえねえ。あんた誰?」


 俺は不審に思って訊いた。


「あんた誰って、あんたねぇー」


 いささか呆れたような感じを出しながら少女は答えた。どうやらその様子ではこの世界ではかなりの有名人な部類らしい。


「申し遅れたわ。私はアマネっていう名前よ、バルトロメオ第二王子」


 随分とありがたいことに、今の一つの自己紹介でかなり多くのことがわかった。

 まず一つ。この少女の名前がアマネということ。

 そしてもう一つ。これは何よりも重要なことだが、この世界における俺の名前がバルトロメオであるということ。そして、俺が第二王子ということはもう一人の「第一王子」もいる、と言うことだ。

 これらの情報を得られたことはかなり大きい。


「よろしく、アマネ」


 俺は慣れない西洋風の正装の動きづらさに苦戦しながらアマネに手を差し出し、握手をした。


「バルトロメオ王子の離宮、本当に大変だったよ。変な護衛のおじさんたちにいろいろいじられちゃったりしたし」


 アマネは握手しながら話し出した。服装の割に礼儀がなっていないような気がしなくもなくなってきた。

 俺は一番気になっていることを訊くことにした。


「アマネ、お前は何者なんだ?」


「私? 私はロザリア辺境伯の娘」


 ロザリア辺境伯…またまた知らない言葉が出てきた。


 俺は行き場のないモヤモヤを抱えながら、立ち上がった。やはりこの衣装、重い。下半身も軽いと思いきや無駄に豪華なボタンだったり紐だったりベルトだったりがついているせいで重たい。

 立ち上がるとアマネの姿が視界から見えなくなった。


「ここ! ここ!」


 目から10センチばかり下の方からアマネの声が聞こえてくる。俺はその方向へと目線を合わせた。

 アマネは俺の表情を伺おうとしていたらしいがどうやら表情ではなく顎ばかりが見えていたみたいだ。


「…気づかなくて、ごめん」


 俺はどうしたらいいか分からずにアマネに謝罪した。謝罪すべきだったのかすらもわからない。

 アマネの顔を恐る恐る見てみると、どうやら大丈夫そうだ。うっすらと微笑みを浮かべている。謝ってしまったことを少しばかり後悔した。


「あっははは」


 アマネがふと笑い始めた。俺は戸惑いを隠しきれなくなった。


「おいおい、どうしたんだよ」


「いやーね、なーんか、バルトロメオがいやに素直だなって思っちゃって。そしたらなんか面白くって」


「そうなんだ。笑わせられたようで、よかった」


 俺は謙遜することなくまさに彼女の言葉通りに、素直にその言葉を受け取った。

 そうしたとたん、ぽっと彼女の笑い声が止んだ。


 ーーあれま、これは、滑っちゃった?


 図らずもギャグのような演出になってしまった俺の反応が、周りから音を奪った。


「今のやつ面白くなかった」


「いや、今のはギャグのつもりでやったわけじゃなくって嬉しかっただけだよ」


「あとーー、」


 アマネは急に冷静な目になった。理性と知性を感じさせる瞳だ。あの姉貴と同じ。狩りをするときの肉食獣を彷彿とさせる。


「そろそろ出ないと私の死体を回収しようとして庭師のバンが来ちゃうから、行かなきゃ」


「そうなんだね、俺はよくわかんないけど、気をつけて辺境伯の城へ帰って欲しい」


 この一言がまた、この場を一瞬凍らせた。


「いや、だからあんたにも来てもらうつもりなんだけどさ」


「はい???」


 突如として俺の脳内に大量のクエスチョンマークが浮かび上がってきた。

 意味がわからない。ここは第二王子離宮ということはすなわち俺の家であるというふうに解釈して間違いがないのだろう。

 なぜこの家の持ち主というか住人(といえどさっきこの屋敷の存在を知ったばかり)が家を抜け出さなければならないのだろう?


「え、ちょっ、ちょっ、ごめんね。訳がわからない。なんで俺がこの家を抜けてお前のところに行かなきゃいけないんだ?」


「うーんとね、話せば長くなっちゃう。まあ、人質っていうか、身柄を守っているっていうか、そんな感じかな。ーーほら、もう馬車が見えてる」


 言いながら、アマネは屋敷の庭を囲む柵の外を指差した。その人差し指の示す方向へと目を向けてみると、立派な鬣のついた白いというか、白銀色の馬の生首が浮かびながら近づいてきているのがわかった。

 

「え、あの馬、首だけじゃない?」


「父さんの術式で必要最低限のところ以外は透明化させているの」


 術式? また聞いたことのない概念が出てきた。言い方から察してみるに、この世界では当たり前の概念なのだろう。


 しばらく馬の生首を観察してみる。その首が屋敷の門の真ん中よりもやや右側に到達した時に、ようやく馬が体全体と座席を携えた姿になった。

 それを見るなり、アマネは門の方へと駆け出した。


「ほら、早く乗って。死体処理に来たらあんたも何か聞かれちゃうでしょ」


 本当に右も左も分からないこの世界、どうせなら少しでも自分自身で話したことがある人の言葉に従っていくべきだ。俺も重い服のせいで走りづらさを感じて、息を切らして馬に乗った。

 隣にはアマネ。凛とした横顔は、彼女が名家の出身であるように感じさせる。


「さあ、デュラハン。家まで送ってね」


 アマネが拳を天高く突き上げるような動作をすると、デュラハンという生物が率いている馬車は一気に加速して屋敷を背にして進み始めた。

 屋敷は深い森の奥を抜けた先に位置していたようだった。馬に乗ってからはしばらくその単調な森の光景を眺め続けることになるのだが、ファンタジー世界の自然というのは悪くない。


 しばらく未知の森のワクワクに心を踊らせていたが、次第にその変わらぬ光景に飽きてきた。

 俺はふと思い出したかのようにとなりのアマネの肩を叩いた。


「どうしたの」


 アマネは少しあくびの混じった声で答えた。


「あとどんくらいでその辺境伯の屋敷につくんだよ」

「うーん」


 考え込む仕草をしてからすぐに、


「八時間くらいかな」


 と言われた。


「八時間か、長い…」


 俺はこっそり、心の中ではがっくりと肩を落としていた。

 乗り物酔いなどをするたちではないのはいいのだが、この森の中の山道の悪さゆえにくる揺れは決して心地いいと言えたもんじゃない。


「八時間って、睡眠時間くらいあるじゃん」


「ワードセンス終わってない?」


 八時間という長さに気が遠くなって的外れなツッコミを入れてしまった。

 いや、でも俺はここで負けるわけにはいかない。アマネからの痛烈な批判に復讐するかの如く勢いで訊ねた。


「じゃあさ、今度はアマネがなんか退屈を凌げるような話してよ」


「私がかー、えーっとね」


 少し天空を見上げた後、アマネは口を開いた。


「じゃあ、これから私がしようとしていることの話するね」


 じっと俺の目を見つめて話し始めた。


「これから私のことは、公的には死んだことにしておいて欲しい」


「へ?」


「私は、本来ならあの屋敷で殺されるはずだったらしいの。でも、私は死にたくなかったし、今から生きてたくさんやりたいことがある。でもそのためには少なくとも私の存在があの屋敷に知られてはならない」


「別にいいけどさ、死んだことにする、ねえ…」


 俺はあのクソ姉貴から死ぬことによって無事に逃れてやろうとした。やりたいことなんて特になかったのだ。

 でもアマネは違う。彼女は自分が死んでいると言うことにすることによって生きながらえて、したいことをしようとしている。

 俺はぎゅっと小さく唇を噛み締めた。


「ごめんね、なんか話一分くらいで終わった。寝ていいのよ」


 こんな揺れの中で寝ようと言う気分にはなれない、という反論の言葉をそっと押し殺して、


「そうだね、寝てみる」


 俺はさりげなくアマネの顔に顔を寄せて目を閉じた。眠れるかどうかはわからない。

 怒涛の展開に俺の体は思ったよりも疲れていたみたいだ。


「おやすみ、バルトロメオ」


 この彼女の優しい言葉を最後に、驚くほどに早く俺の中で意識がフェードアウトしていった。

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