#2
僕が、今の職場に就職したのは、十年前だ。
当時大学生だった僕は、周りがインターンだの面接会だのあれこれ頑張っている時に、その流れに乗ることができず、無為に時間を過ごしていた。授業はほとんどなかったため、暇な時間が多く、かといって就職活動をするわけでもなく、何か熱心に打ち込める趣味があるわけでもなく、今ではほとんど思い出せないような時間の使い方をしていた。その他には、週に三、四日のペースで、《サンズ・カフェ》でアルバイトをしていた。
無限のように思われた時間もどんどん過ぎていき、結局大学卒業までに書いた履歴書はたったの三枚。そのうち使用したのは一枚だけだった。もちろん、結果は不採用だった。
そして、店長から「正社員をやってみないか。ちゃんと給料は払うよ」と誘いを受けて、よく考えもせず《サンズ・カフェ》に就職した。
それから十年間ここで働いてきた。
最初は、アルバイトの延長くらいにしか考えず仕事をしていたが、だんだんと状況が変わっていった。周りからは「社員なんだから」と言われるようになり、自然とやるべき作業が増えた。店長からはアルバイトへの指導をするように言われ、アルバイトの人に嫌われるようなことを言わなければいけないこともあった。中には、自分本位な人もいる。とにかく楽しようとしたり、ルールを守らない人もいた。人間関係をこじらせる人もいた。その原因の全てを、店長は僕に向けてきた。
息もできないくらいに辛いと感じたことが何度もあったが、時間が経過することで、僕は事をやり過ごす術を身に付けていった。言い換えれば、この息苦しさに「慣れた」と言ってもいいかもしれない。
人はどんなことにも慣れるものだ、と痛感した。
それはそれで恐ろしいことだ。
正直、自分でもどうして十年間も辞めずにここで働き続けるのかわからなかった。僕が入社してから、両手両足じゃ足りないくらいの数の人が退職していった。中には、三日も我慢できずに辞めた人もいる。もっと言うと、一回も出社しなかった人もいた。このままいくと、本部に引き抜かれそうなくらい優秀な人もいた。その人も、いつの間にか店に来なくなり、そして退職した。正社員として頑張ります、と意気込んで大学を中退したのに、一か月かそこらで地元に帰った人もいた。
とにかく多くの人が店に入職しては辞めていった。
はじめは、無責任に辞めていく人たちに対して、うっすらと軽蔑するような感情を抱いていた。でも、すぐに気がついた。この職場には、退職するべき理由がごろごろ転がっているのだ。それでも、どうしてなのか、辞めることができなかった。ここに居続ける理由なんかは一つもないのに、辞める理由を見つけることができずにいる。
そのことについては、ほんとに自分でも不思議だった。