プロローグ
時計の針が22時を回り、小部屋に置かれたランプの灯部が虚ろ虚ろと眠りにつく。
布団の上にちょこんと座り込む少女はシルクのような長い茶髪を結ぶゴムを解くと横になっている祖母の布団に潜り込んだ。
「おばあちゃん、私まだ眠たくないよ」
今日は本当に退屈だったんだからと少女は頬を膨らませる。
「そうさねぇ」
祖母は暗闇の中プンスカと怒る孫の頭を優しく撫で、上半身を起こすと予備のランプに火をつけて光を灯らせる。
「おばあちゃん?」
「今日はめでたい日だからねぇ、ナイショだよ。シシシ」
光に当てられイタズラに笑う祖母の顔を見て少女は久しい夜ふかしに心を躍らせる。こうゆう日は決まって祖母による本の読み聞かせがあるのだ。
「おばあちゃんおばあちゃん!
今日は何を読んでくれるの??」
魔法の豆のお話、太陽のコップのお話、人魚伝説のお話、少女の想像もつかない空想の物語がこの小部屋にはたくさん広がっている。
「そうさねぇ、今日は今までとは違って本当にあったお話を元に作った本を読もうかねぇ」
「本当にあったお話?」
「そうさ」
祖母はランプ横の本棚から2冊の本を取り出し、【上巻】を手に取ると目を輝かせる少女を側に抱き寄せた。
「この本は昔から世界中で読み継がれている物語で、おばあちゃんも子供の頃お母さんから読み聞かせてもらったんさ」
「へぇー、そうなんだ。分厚い本だね」
「そう、でも今日は時間がないから飛ばし飛ばしで簡単に読むさ」
少女はキャ~っと言って突然嬉しそうに小さく暴れると祖母の胸元にピタリとくっついて祖母の持つ本に視線を落とした。
祖母の手で表紙が落ち、ページがめくられる。
時は闘鳴蔓る戦乱の時代。
世界に存在する《7の種族》たちが世界の全て『華』を巡って戦争を起こした。
戦いの中で数々の命が断たれ、文明は軍人文化へと発展を遂げ、拍車がかかった多種族達の戦争は更に激化していくこととなった。
「え!? 戦争のお話なのぉ!
違うのがいいー!」
「そうさねぇ、でもこれは必ずおまえも知らなくてはならないお話なんさ」
憎しみが憎しみを産み、その憎しみが火種となり新たな憎しみを買う。その負の連鎖がどす黒い欲望達を引き寄せ、世を淀んだ世界へと促していくことになった。
しかしそんな中。
長らく続いた淀みの時代が途切れる戦が起こる。
『秀妖の戦』
圧倒的な領土と兵力を備える王位継承の一族を筆頭とする東軍将、『キエラ』率いる、無敵のエルリア族。
歪んだ世界の修復、その思想統一で連ねた異種族連合の西軍将、『魔王』率いる異種族連合軍。
歴史上、1000年前に起こった最初で最後のこのニ強の種族の総力衝突『秀妖の戦』以降、淀んだ世界は破壊も進行もすることなくただ沈黙を貫き、世界は変わらぬ均衡の中にあった。
そして……………『人族』。
1000年前の大戦争に唯一参加せず、「悲劇の種族」とも呼ばれる彼らはその非力さ故、種族層の最下辺で「弱き者」として存在していた。
「人族………私たちのことだね」
「………そうさね。昔の人達はそう呼んでいたみたいさ」
「ふーん」
「さあ、上巻はこれぐらいでいいさ。次は英雄が生きた時代、【下巻】にいこうかね」
下巻、およそ300ページ弱に綴られたのは戦いに身を投じ情熱の恋を友情を血生臭い戦場と共に激動の時代を生きた兵士たちの軌跡の物語。
これは下巻には記されなかった一人の男が織り成すもう一つの知られざる軌跡の物語だ。