婚約~前世と今世~
16歳になった結衣。誕生日のプレゼントとして求めたのは黒夜との結婚?!
困惑する黒夜と分かっている職員と所長達に包囲され、結衣と黒夜は婚約することに──
16歳の誕生日。
「お誕生日おめでとう!」
「おめでとうっす!」
「おめでとう結衣ちゃん!」
職員の皆が結衣を祝福する。
するとそこに黒夜がやってきた。
「すまない遅くなった、誕生日おめでとう」
「ありがとう黒夜、それで誕生日プレゼントなんだけど……」
「なんだ、何が欲しい?」
結衣は黒夜の手を取ってじっと見つめる。
「──黒夜のお嫁さんにしてください」
黒夜が硬直する。
そして──
「ダメだ」
「どうして? 分かるように説明をして」
「私は君をそのように見られない」
「一緒にいればそのうち馴れるよ?」
「他の職員と結婚なら別に構わない」
「黒夜がいいの、他の職員さん達にも相談してたし」
「何?!」
黒夜が職員達を見渡すと、職員達は皆笑っていた。
「ちっちゃい頃から露骨に黒夜さんの事気に入ってたのですから」
「そうっすよ。女の子らしさが表に出てからやたらと黒夜さんの事きにして身なりとかも整えてたの気づいてませんでした」
「……」
全く気づいていない様子の黒夜に、職員達はため息をつく。
「黒夜、少し前に言ったよね『私そんなにいい子じゃないよ、もうじき分かるから』って」
「まさかこう言うことか……!」
「黒夜にフラれたら私なにするかわかんない」
「脅し!」
黒夜が頭を抱えている。
「おい、黒夜。そういうことだから結衣と婚約しろ」
「……? 結婚じゃなくて?」
「結婚はこの国じゃ18歳からだ、だから結衣と今婚約しろ」
「婚約指輪なら作るっすよ、これから」
所長、職員までもが黒夜を包囲し、黒夜は頭を抱えてそれを受け入れるしかなかった。
むふーっと嬉しそうに笑う結衣に腕を組まれ、黒夜は頭を抱えていた。
二人の左手の薬指には婚約指輪が光っていた。
「何でそんなに頭を抱えているの?」
「これが抱えずにいられるものか、第一君は──」
黒夜はそこまで言って口を閉ざした。
「私の前世が貴方の母親だから?」
「?!」
黒夜は驚愕の表情を浮かべる。
「私、前世だけじゃなく赤ん坊の頃から記憶があるのよ? 貴方が私に対して『息子』という事を何度もいってるのを聞いたわ、そうなると前世のことになるでしょう?」
「君は知ってて私と結婚──婚約しようと?」
「知ったけど、まぁいっか、今は今だし。で結婚したいと思ったの」
「他にもいい職員はいたというのに……」
「黒夜じゃなきゃダメ、だって私──」
「他の職員さんの名前、全然覚えてないんだもの」
「……それは本当なのか?」
「うん……」
深刻そうな表情をする黒夜に、結衣は重い表情で返した。
名前が覚えられなかった。
顔が分かればどういう人か一致させられた。
何故顔しか覚えられないのか結衣は分からなかった。
「……」
「黒夜、心当たりがあるの?」
「……前世の君にとって、多くの人間が敵対者で、名前を覚えようと思わなかったのだろう」
「そんなに?」
「そこは覚えてないんだな、安心した」
黒夜は安堵の息を吐き出した。
「……君は、前世の事をどこまで覚えている?」
黒夜に問われて、結衣は考え込んでから口を開いた。
夫と養子達を教会の連中に殺されたから魔王になった、そして魔王になって世界を壊そうとした──
事までは覚えているが後の部分はさっぱりだと告げた。
「ねぇ、黒夜が殺したの?」
確信をつくような質問に黒夜は黙り込んだ。
結衣はしゅるりと制服を脱いで見せた。
上半身はシャツだけの格好になり、心臓と首を指さす。
「心臓をえぐったの、それとも首を切り落としたの?」
「……いや」
黒夜はそう否定して、結衣の服装を整える。
「じゃあ、どうなの?」
「それは言えない」
「ふぅーん」
結衣は意味深な顔をした。
「やっぱり前世の私を死に追いやったのは黒夜なんだね」
「……」
「ねぇ、黒夜、本当の名前を教えてよ。貴方の本当の名前」
「……悪いが言えない、君が記憶を取り戻して世界を滅ぼさないとも限らない」
「そっか、じゃあ我慢する」
結衣は悲しげに笑った。
次の日から、黒夜にべったりとくっつく結衣がいた。
勉強時間中や料理の特訓中は普段通りだが、それ以外の時は黒夜にべったりとくっついていた。
その様子は、子を甘やかす母親のように見えれば、真逆に不安で親にひっつく子どものようにも見え、職員を混乱させた。
混乱したのは職員だけでない、黒夜もだ。
黒夜は所長に報告した。
「黒夜、お前過去の事を彼女に話したのか?」
「いや、言えないとだけ伝えた」
「なるほど……」
「何がなるほどなんだ?」
「おそらく彼女は不安なんだろう、お前誰が殺したか言ったのか?」
「いいや」
黒夜は否定する。
「ならば、おそらく彼女はお前が殺したんだと思ったんだろう。我が子に親殺しをさせるほど追い詰めてしまった事への罪悪感。そして──」
「自分が魔王になる不安感だ、一度彼女は覚醒しかけた。だから魔王になり、またお前の手を血に染めさせる不安感と平穏な日々を失う不安感が彼女をお前にべったりとくっついていて、母親のようにも、子どもの様にも見える状態になっているんだろう」
「……そうか」
「わかったら、彼女の不安を取り除いてやれ、彼女の不安も魔王覚醒へと繋がったらそれこそ今までの苦労が水の泡だぞ」
「わかっている」
所長に言われ、黒夜は一人所長室を出た。
すると、所長室の扉の隣に、体育座りをしている結衣がいた。
「いつから……」
驚く黒夜に、ばつ悪そうに結衣は言った。
「黒夜が所長室に入ってから」
「話も?」
「最初から、防音してても聞こえるんだ」
黒夜は眉間に皺を寄せ、指で押さえる。
「……」
「聞いちゃ、ダメだった?」
「君の精神が不安定になるなら、な」
「私大丈夫だよ」
「……」
痛々しい笑顔を浮かべる結衣に、黒夜は手を取り、自室へと連れ込んだ。
そして抱きしめた。
「黒夜……?」
「すまない、君の為に隠し事を続ける私を許してくれ」
「いいよ、それが仕事なんでしょう?」
「……そうだが、君の不安を和らげる方法がこれしか浮かばなかった」
「うん、落ち着く、どうして?」
「……前世で、幼い頃の私を何度も抱きしめて落ち着かせてくれたから、これしか分からないんだ」
「そっか」
安心したような、落ち着いた様な声を結衣は出した。
「ところでそれ誰かにやったりした?」
直後不満そうな声を出す。
「いや、君が初めてだ」
「そっか、そうなんだ……」
にやにやと嬉しそうな笑みを浮かべる結衣に、黒夜は困惑する。
今までの結衣は大人しい娘だったが、今の結衣はそうではないからだ。
「私以外にはしないでね」
「あ、ああ」
抱きついてくる結衣に、黒夜はそう返すしか無かった──
これがよい子ではない理由です。
前世が母親だったことも知ってて、それでもなお黒夜が良いと望んだ結衣の我が儘ですから。
前世が母親というのも結構アレですな。