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008 ため口要求

「うーーん! ポカポカ陽気で眠たくなってきちゃった」

「あはは、こんなところで寝たらゴブリンに襲われますよ」

「異世界ジョークだね」

「俺のいた世界ではジョークで済みませんでしたけどね」

「私の世界にもゴブリンはいたよ?」

「え、そうなんですか?」


 意外だ。婚約破棄系の作品でゴブリンが出てくる世界観なのはあまり知らない。

 思っていたよりも殺伐とした世界だったのかもな。そんな世界で田舎の村に追い出されてよく2年も生きていたものだ。


「日本はいいよねー、ゴブリンもオークもいないし、婚約を破棄する王子もいない」

「皮肉なことにそんなのがわらわら出てくる作品が流行っていますけどね」

「ね、皮肉な話」


 美影さんはゆっくり立ち上がって伸びをした。

 胸部の柔らかな膨らみが視界に入り、目のやり場に困ってしまう。


「さて、ちょっと歩こうか……ってどうしたの?」

「いや、なんでもないです」

「?」


 不思議そうな顔をされてしまった。だが胸に注目してしまったなどと言えるはずもない。これは墓場まで持っていく案件だな。

 芝生エリアから少し歩いたところに大噴水があった。大と付くだけあって、本当に大規模な噴水で離れて見ていても少しだけ水飛沫が風に乗って飛んでくるほどだった。


「すっごく大きいね! なんか見ているだけでテンション上がっちゃう!」

「芝生に水に森……心安らぐものでテンション上がるって何か贅沢な気がしますね」

「確かに! 矛盾が贅沢ー」

「名言っすね」

「お店に飾っておこうか。原町くんの習字で」

「小学校じゃないんですから……」


 そもそもあのお店に名言を貼ったところで見にくる人がいないんだから意味がない。

 本当によく本屋として成立しているなと不思議に思うもんな。


「あ、見てよ。男の子と女の子が手を繋いで噴水で遊んでる」

「本当だ。可愛いですね」

「幼稚園児くらいかなー? 可愛い」

「子ども好きなんですか?」

「うん。向こうでも小さい子の面倒を見たりしていたよ。まぁ王都で見ていた子とはすぐに離れ離れになっちゃったんだけどね」


 やはり異世界に行った者には苦い思い出の一つや二つあるということだ。

 ただその中でも子どもたちと過ごした時間は輝いたものだったのだろう。語る美影さんの表情を見ていればわかる。


「あ、女の子が転んじゃった」

「泣いちゃいますかね」

「かもねー、あっでも男の子が手を伸ばして手を繋いだらすぐ立ち上がったよ」

「愛の力ってやつですか?」

「おぉ、いいこと言うねー」


 ちょっとだけあの男の子に嫉妬してしまった。

 俺はさっき美影さんと手を繋げなかったからな。


「うわ、なんか原町くんの顔が険しい!」

「え!? いや、何でもないですよ?」

「本当にー? なんか変なこと考えていたんじゃないの? ハッ! まさかロリコ……」

「それだけはないですから、マジで!」


 やべぇ疑いをかけられるところだった。

 俺たちは噴水エリアを後にして、季節の花の展示場へ足を運ばせた。そこそこの距離があったので、当初の目的であるウォーキングも達成できている。

 季節の花コーナーには青と紫の花が主に咲き誇っていた。男の俺でもうっとりできる、芸術空間だ。


「すごい……綺麗な紫陽花だぁ」

「これが紫陽花なんですね。見るのは初めてかもしれません」

「本当? でも男の子だとそうかもね。綺麗でしょ」

「はい、綺麗です」


 ちゃっかり美影さんに向かって言ったのだが、どうやら俺からの思いは通じていなかったらしい。


「向こうでね、私も花を育てていたんだ。色々あって無駄になっちゃったけど」

「無駄になったって……」

「うん。追放された時に燃やされたんだ」


 異世界では色々なことが起きる。そんな悲しいことがあっても不思議ではない。

 襲撃や略奪などは常に隣り合わせの生活だからな。山賊だって普通にいるし。

 俺の世界だけでなく、美影さんの世界でもそうだったとは思わなかったけど。


「また見にきましょうよ。シフトがなければいつでも俺は空いているんで」

「原町くん……うん、ありがとう! じゃあ気軽に誘わせてもらうね」

「はい! もちろん!」

「じゃあついでにもう一つお願いがあるんだけど」

「はい、何でも言ってください」

「敬語、そろそろやめてくれない?」

「えっ……」


 俺は出会った当初から美影さんに向かって敬語で話していた。

 今ではそれが当たり前になって、疑問に思うことすらなかった。


「私たちは同い年だよ? 異世界に行った経験を持つ仲間だよ? そろそろ固い関係は終わらせない?」

「そ、そうですね。いいと思います」

「あっ、また敬語」

「あっ、すみませ……あぁ違う」


 あたふたと混乱する俺を見て美影さんは大爆笑してしまった。


「あはははっ! 原町くん不器用すぎ」

「む……否定しませ……否定しないけどさ」

「うんうん、できたじゃん、タメ口」

「でもいいのか? 俺のタメ口は結構キツイ方だぞ」

「全然いいよ。男の子らしくてカッコいいかも。ギャップってやつ?」

「へ、へー……」


 話し方が変わったからといって中身が変わるわけではない。

 カッコいい。そんな5文字に大きくドギマギしてしまう俺であった。

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