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007 お食事

 手を繋げると思ったら冗談だったという、教科書通りの上げて落とすを見事に食らったので、心の残機が一個減った気がする。

 ただまぁここから取り返せばいい。凛音が昨日の夜にパソコンで調べてくれたいい感じの店を知っている。あそこならいい雰囲気になったりするだろ。


『臨時休業のお知らせ』


 店のドアに貼られた張り紙に目を疑った。


「り、臨時休業!?」

「ありゃ、残念だ」

「な、何で……娘の運動会!?」

「あー、それは仕方ないね」


 くそっ、だったらホームページに載せておけよそういう情報は! お前の店に人生の8割くらいを賭けているやつだっているんだぞ! 主にここに!

 ど、どうする。他のお店なんて調べていないぞ。美影さんを待たせるわけには……


「ねぇ原町くん、私あのお店がいいな」

「え?」


 美影さんが指さしたのはイタリアンレストランだった。

 といっても全国に何百店舗と展開するファミリーレストランで、よくネットではそこにデートで行っていいのか物議を醸している。


「いやいや、こういう機会にそういうお店は……」

「私は好きなんだけどなー」

「行きましょう」


 美影さんの好きには抗えなかった。

 それにしてもこういうお店に行けるってことはやっぱり美影さんはデートと思っていないかもしれないってことなんだよなぁ。

 わかってはいたが、異世界も日本も大変だ。


「何食べよっかなー」


 ……まぁ、美影さんが楽しそうだからいいか。

 安く済むことはありがたいことだし、とりあえず食べたいものを食べよう。

 美影さんがハンバーグプレートとパスタ、俺がドリアを注文した。


「あの……気になっていたんですけど美影さんって結構食べますよね」

「そうだね。食べるのは大好きだよ」

「なのにすごいスタイルいいのはすごいっすね」

「あー、また余計なこと言った!」

「え? あっ……すみません」


 何で俺はこんなことばっかり!


「でもスタイルいいってのは嬉しいかな。ありがと」

「ーーっ! いえいえ、本当のことなんで」


 ちょっと口を尖らせながらお礼を言うのは反則だ。可愛いの暴力すぎる。

 その後、届いたハンバーグプレートとパスタをぺろりと完食した美影さんは食後のデザートにパフェを注文した。

 甘いものは別腹だからね、と弁明のように言っていたが入る腹は同じなのでは? と思わざるを得ない。ただここで余計なことを言わなかった成長は認めてほしい。

 これだけ食べて1900円か。なんて安い……デートに行っていいのか議論になる理由もわかる気がするな。


「じゃあお会計だね」

「あ、俺が払いますよ。って言ってもファミレスなんで格好つかないですけど」

「いいの? 私がほとんど食べたんだよ?」

「チケットを奢ってもらった時から昼は俺が払おうって決めていましたから」


 くそ、いいこと言っているはずなのにファミレスだから絶妙にダサい!

 これが目星をつけていた店だったら1人3000円くらいするから格好いい! ってなる算段だったのに。


「あー美味しかった!」


 そんな俺の悔やみも美影さんの満面の笑みで吹き飛んだ。

 そうだ、安いご飯でも満足できる、そんな心豊かな人を好きになったんだから誇らしいことじゃないか!


「この後どうしようか?」

「美影さんが良ければその……俺、まだ帰りたくないです」


 不器用ながらも自分の意見を伝えることができた。

 そうしたらふふっと美影さんは笑って、優しく言葉を紡いだ。


「うん、私もまだ原町くんと一緒にいたいかな」

「美影さん……!」


 嬉しくて仕方がない。顔がニヤけて気持ち悪いことになりそうだったので舌を噛んでなんとか耐えた。


「じゃあ自然公園を散歩するのはどうです? 食後のウォーキング的な」

「いいね! 運動不足気味だったし、いい機会かも」


 というわけで近くにある健康運動公園にやってきた。

 ここは緑鮮やかな芝生や野鳥の鳴く森、綺麗な池に季節の花などさまざまな自然が集まっている公園だ。

 金曜日ということで人も少なく、快適に散歩できそうだ。


「うーーん! 緑の香りがするねぇ」

「芝生が綺麗ですね。寝転がってもいいかもしれません」

「じゃあ私は寝転がっちゃお!」

「ええっ!?」


 美影さんは大胆に芝生の上で横になってしまった。

 こういう意外にやんちゃなところも可愛いんだよなぁ。


「芝生の匂いが強くなって……いい感じ」

「なんだかのどかすぎて異世界を思い出しますよ」

「あ、私もそう言おうと思ってた。こんな緑の香り、向こうぶりだなーって」


 異世界は王都の近くでも未開発のエリアが多く、自然と共存することを強いられていた。

 ただそれは現代日本では味わえないもので、日常の中に自然が入り込む素晴らしい体験だったと今では思う。


「こんな公園で異世界の話をするなんて私たちくらいじゃない?」

「間違いないでしょうね。でもこういう話って俺たちらしいというか、唯一性があるので俺は好きですよ」

「……そっか。そう思ってくれているなら私も嬉しいな」


 俺も芝生に寝転がった。

 チラッと覗いた美影さんの横顔が綺麗すぎてびっくりしたが、あまりに慌てると引かれてしまうかもしれないのでまた舌を噛んで落ち着いた。

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