004 凛音アドバイス
「それで? どんな映画を観に行くの? 恋愛映画?」
「いや、『転生勇者は毒を喰らい進化する』だ。入場特典が欲しいらしい」
「……何その色気のないデートは」
「だから美影さんの方はデートと思っていないんだって」
勝手に内心舞い上がっているのは俺だけだ。
「デートはデートだよ。お兄ちゃんしっかりエスコートできる?」
「俺を甘くみるな。無理だ」
「だよねー」
エスコートなんて考えもしていなかった。映画観たら直帰だと思っていたけどそうじゃないパターンも考えておかないといけないのか。
「ちょっと待て。逆に凛音はデートに詳しいのか? 彼氏いるのか? お兄ちゃん聞いてないぞ?」
「落ち着いてお兄ちゃん! いないから! 彼氏なんていない!」
「そ、そうか」
小学生だった可愛い可愛い妹に目が覚めたら彼氏ができているなんてそんなの……脳が破壊される。耐えられない。無理。
「なんでお兄ちゃんちょっと涙目なの?」
「いや、将来不安だ」
「そ、そっか……将来より目の前のデートを不安になろ? ね?」
「あぁ。とはいえマジで何をすればいいんだ?」
「んー……ラノベで得た知識でいいなら紹介できるけど」
「この際それでもいいや。何も武器を持たないより発泡スチロールでも持っていたほうがいいだろ」
凛音は異世界ものだけでなく、現実世界恋愛ジャンルのラノベも読んでいるらしく、教科書をたくさん部屋から持ってきてくれた。
デート描写があるところだけピックアップして読んでみると意外と参考になることが多かった。
まず映画を観るなら次の予定はランチとちょっとした散歩くらいで終わるのがいいということだ。水族館やテーマパークなど盛りだくさんにしていては疲れるらしい。
「勉強になるなぁ」
「お兄ちゃんがラノベ読んで勉強になるなんて言う日が来るなんてね」
「え? そんなに意外か?」
「うん。いつも『こんなに異世界は甘くない!』とか『追放先で出会い? はー、つまんね』とか文句ばっかり言ってるじゃん」
「うっ……たしかに」
こういうのは自分が経験したことないものだからこそ勉強になった気でいられるのかもしれない。
……待てよ? だとしたら美影さんがデート経験豊富な人だったらすぐに俺の引用元がラノベってバレるんじゃないか?
「ってまたちょっと涙目だし!」
「美影さんが百戦錬磨のデート経験者だったらどうしようって思うと……」
「いやまぁ可能性はあるってか高いよね。だってこんなに可愛いんだし」
「だよなぁ!!」
もう一度写真を見るが、やはり何度見ても可愛い。
「茶髪のサイドテールかぁ。男の目線を意識しているのかなぁ?」
「うぅ……」
「あぁごめんってお兄ちゃん。不安にさせるつもりはなかったから!」
凛音は気を利かせてホットミルクを作ってくれた。
温かいものを飲むとなんだか心も少し落ち着いてくる。
「楽しいイベントだと思ったんだけど、いざ目の前にすると不安ばっかりだな」
「っていうかお兄ちゃんさ、異世界でこういうイベントなかったの? 女の子とデートするみたいな」
「…………」
「あ! その沈黙はあると受け取るよ!」
「まぁなかったといえば嘘になる。一度しかないけど」
「それでも立派な経験じゃん! ねぇどんな人だったの?」
「すっげぇ美人だったよ。エルフかと思うくらいにな。襲撃されていた村があったから救ったんだが、その村に住んでいた女性と少し仲良くなったんだ。だから森の中を少し散歩して、モンスターが出たら倒して、ご飯も食べて。うん、いいデートだった」
「んーー、甘酸っぱいじゃん!」
俺の異世界での思い出の中でも数少ないいい思い出だ。
あの子の名前を聞いておけばよかったな。そこは悔いが残る。
「どうして一回きりだったの? もっと仲良くなればよかったのに」
「村にいる間に火山にモンスターが現れたと聞いてな。駆けつけるために別れなければいけなかったんだ」
「うわぁ、切ない。そんなの放っておいていちゃいちゃしていればよかったのに」
「そういうわけにはいかないんだよ。一応雇われの身だったし」
「そういうものなんだ」
もちろんモンスターを倒したら村に帰ろうと思っていた。しかしすぐに今度はダンジョン攻略の依頼を受けて渋々行ってみると骨太なダンジョンで、何ヶ月も攻略に時間がかかった上に攻略した瞬間に日本に戻ってきたんだ。
あの子にもう一度会いたいっていうのは少しわがままかな?
「まぁでもその人のことは忘れるんだね」
「え?」
「だって明日は美影さんとデートだよ? 他の女の子のこと考えていたら最低だよ?」
「た、確かに」
正論すぎてなんの反論もできねぇ!
あの子のことは今でも輝かしい思い出だけど、今は忘れよう。
今俺が好きな美影さんと真剣に向き合うんだ。
「……あれ? お兄ちゃんってまともな服持っていたっけ?」
「バイトに着ていくシャツなら何枚もあるけど」
「ダメ!!!!」
「えっ?」
「バイト着と同じて! ダメでしょ絶対に!」
「そ、そうなのか。まぁ15歳の頃からそんなに身長も変わっていないし、それでいいかな」
「あのTシャツに謎の英文が書かれたやつでしょ!? ダメだよそれじゃ!」
「マジかよ。でもどうすりゃ……」
「うーん……私の服着ていく?」
「いやいや、レディースじゃん」
「最近はレディースものを着る男子もいるよ? 私が選ぶ服ってわりとユニセックス寄りなもの多いし、いけると思う」
ユニ……なんだって?
耳慣れない言葉があったが知ったかぶりで乗り切った。
「俺はいいけど凛音が嫌だろ」
「なんで?」
「いや何でって。年頃の女の子が兄に服を着られるって嫌じゃないか?」
「嫌じゃないよ?」
「そ、そうか」
なんていい妹を持ったんだ俺は! 絶対にどこかの馬の骨になんかはやらんぞ!
凛音にワイドパンツとやらと白シャツと黒いアウターを貰い、明日への準備が整った。
さぁ……美影さん待っててくださいよ! 俺は気合十分ですから!