003 凛音の詮索
「ただいまー」
「お兄ちゃんお帰り」
「おう。ってまたラノベ読んでるのかよ」
「だってやることないもん」
妹の凛音は小学生の頃から俺が帰ってくるのを待ってくれる優しい子ではあったが、まさか4年間で電子でラノベを読みながら待つ子になるとは思わなかった。
母親が作り置きしてくれた晩飯を胃に流し、風呂から上がったら明日に備えてすぐに寝ようとする。
2階に上がろうとしたところで黒いポニーテールを揺らしながらジュースを飲む凛音が声をかけてきた。
「あれ? お兄ちゃんもう寝るの?」
「あぁ、明日ちょっと用事があるから」
「えー? 友達もいないお兄ちゃんが?」
「ぐっ……的確に兄の弱点を突くのやめてもらないかな?」
「もう少しリビングにいてよー、用事や異世界の話を聞かせてよー」
凛音にそう頼まれたら断ることはできなかった。
誰より俺のことを心配してくれた妹だ、蔑ろにはできない。
凛音は台風速報が流れるテレビを切ってソファに座った。
「それでそれで? お兄ちゃんの明日の用事って?」
「バイト先の同い年の人と映画に行くんだ。前に話したことあるだろ? その人も異世界帰りで……」
「それって婚約破棄された人?」
「そうそう」
俺が肯定すると凛音はまるで宇宙の切れ端を見たかのような顔になってしまった。
「ど、どうした凛音!」
「だってその人って女の子でしょ!?」
「ま、まぁそうだけど」
「その人と映画館でしょ?」
「そうだけど……」
「デートじゃん!!!」
「そうだよね」
そうであって欲しい。が、たぶん美影さん的にはそうでもないんだと思う。
意識しているのは俺だけだ。
「ありえないよ! 友達もいないお兄ちゃんがデートなんて!」
「デートっぽいけどデートじゃないって。どうせ美影さんは俺のことなんか意識してないよ」
「そうなの? ぐぬぬ……監視したいけど明日は平日だし……」
「高校はサボるなよ。俺みたいな中卒になるぞ」
それにしても高校ね……突然妹が高校生になっているんだもんなぁ。
体も大きくなって、女性らしくなって。ずいぶん魅力的な人間になったと思う。学校でも絶対に人気あるだろ。
ただ大きくなったのは体だけな気がする。だってまだ俺のことを「お兄ちゃん」って呼ぶし。
普通、高校生になったらお兄ちゃん呼びは卒業しない? 高校ほとんど行ってないから知らないけどさ。
「凛音はいつまで俺のことをお兄ちゃんと呼ぶんだ?」
気になったのでストレートに本人に聞いてみることにした。これが一番手取り早い。
「お兄ちゃんのことはお兄ちゃんって呼んだことしかなかったし……12歳でお兄ちゃんが入院して、16歳で目覚められても呼び方なんて変えられないよ。私の中のお兄ちゃんは12歳の時で止まっているんだもん」
確かにそうだ。これに関しては俺が悪い。いや、俺が悪いのか? まぁ誰が悪いかはともかく原因の一端は俺であることに間違いはない。
どう呼ばれたっていいか。大事なのは兄妹仲良くいることだ。
「お兄ちゃんってのはむず痒いが、まぁいいか。ラノベみたいだし」
「キャラ付けみたいだから変えたほうがいいかな?」
「変えるも変えないも凛音の自由だぞ」
「じゃあお兄ちゃんのがしっくり来る!」
「そう言うならそれでいいさ」
「ってそんなことはどうだっていいの!」
バン! とソファーを叩いて強い主張を投げかけてくる凛音。
「お兄ちゃんの異世界話も後でいいとして、とりあえずデートの件だよね。美影さんって人の写真ないの?」
「ないぞそんなもん」
「ちょっと待ってね。今から特定するから」
「は?」
凛音はパソコンをカタカタといじり始め、美影書店のホームページまでたどり着いた。
無機質なホームページだし、全然更新されないからそんなところ見ても意味だろと言おうとしたところで凛音はとある文字の羅列をコピーした。
それをTwitterに張り付けて検索。ヒットした人のアカウントのメディア欄から茶髪サイドテールの美少女の写真を取り出し、俺に見せてきた。
「この人?」
「お、おう」
紛れもなく、美影日菜さんだった。
え、なに今の無駄のない動き。特定とか言った? こわ。
「すっっっっごい美人! 嘘でしょ!?」
「信じられないよな。そんな人と明日映画なんて……」
「そっちじゃないよ! この人が婚約破棄されたってのが信じられないの! 正直お兄ちゃんから話聞いた時はすっごいおブスちゃんを想像してた!」
「なんて失礼な……」
「確かに婚約破棄される異世界ものの主人公ちゃんも可愛い子は多いけどこの人は別格だよ! 奥深いな〜異世界! この人の話も聞いてみたい! お兄ちゃん連れてきてよ」
「家に!? ハードル高すぎるわ!」
そんなの誘った瞬間に警察呼ばれて逮捕だろ。今回の映画だって美影さんから誘ってくれたから同行を許されているというのに。
ただまぁ家に誘う口実はできたか。チャンスがあれば狙ってみるか?
「はぁー、婚約破棄も信じられないけどそういえばお兄ちゃんとデートするってのも信じられないや」
「うん。普通はそっちからだよね?」
「お兄ちゃんの何がいいんだろ。確かに顔は悪くはないと思うけど」
「前髪を触るなって」
凛音だけじゃなく二宮先輩も触ってくるし。俺の前髪ってなんかフェロモンでも出してんの?
「これは話を聞く必要がありますなー」
明日に備えて早く寝るという計画は速攻で潰えた音がした。